美と悪が沸き出る、こぼれる 〜DAZZLE結成20周年記念公演『鱗人輪舞』レビュー〜

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「人類の終わり」というと、お話の中だけのことのように思ってしまいます。でも、私たちの生きるこの国だって「3人に1人はガンで死ぬ」なんて言われています。1つの病気を理由に人口の3分の1が死んでいくのだと思うと、人類の終わりは遠くかけ離れた世界の話でもないような気がしてきます。
もしも世界が終わりそうになったとき、その世界をそのまま放っておくのか、一筋の希望にすがるのか、DAZZLEは私たちに問いかけます。

今回のコラムでは、先月に開催されたDAZZLE結成20周年記念公演『鱗人輪舞(リンド・ロンド)』の感想を書いていきます。

DAZZLE結成20周年記念公演『鱗人輪舞(リンド・ロンド)』とは?

DAZZLEは、「すべてのカテゴリーに属し、属さない曖昧な眩しさ」をスローガンに掲げ活動するダンスカンパニーです。特徴は、紋様のようにうごめく幾何学的な群舞。コンテンポラリーとストリートダンスを混ぜ合わせた独自のスタイルです。男性のみのカンパニーで踊る正確な群舞は非常に理性的で、人のエゴを感じさせない、純度の高い美しい世界観を生み出します。
2007年から公演活動を行っているDAZZLEの作品たちは、非常に高く評価されています。2009年に発表した『花ト囮』では海外の演劇祭に招聘されました。2015年には、人間国宝である歌舞伎俳優・坂東玉三郎演出の公演『バラーレ』で主演を務めました。
今回の公演は、1996年に結成したDAZZLEの結成20周年を記念するものです。見どころの1つは、マルチエンディング方式。公演の途中で観客による投票があり、その結果によって2種類のエンディングが用意されています。
私は、DAZZLEのパフォーマンス自体は過去に舞台公演『ASTERISK』やイベントなどで見たことがあったのですが、単独公演を見たのは初めてでした。以前からDAZZLEの作品は美しい・・・と思っていましたが、光を使った演出やコンセプトの徹底したストーリーなど、単独公演だからこそ触れられるDAZZLEの魅力を、新たにたくさん知ることができました。

美しく演出される地獄

この公演の舞台は、水が枯れ、人々は水を奪うため殺し合う、殺伐とした乾いた世界です。砂賊の青年・ロンド(金田健宏)は、水脈を掘り当て続ける富豪(荒井信治)の家に盗みに入ります。そこで、青い服を着た不思議な青年・リンド(長谷川達也)に出会います。ロンドは水脈を掘り当て、今の貧しい生活から抜け出そうと行動を起こしますが、なぜかいつも悪いタイミングでリンドが現れ、計画がスムーズに進みません。
実はリンドは、1000年を生きる人魚。水脈を見つけ、雨を降らせることのできるリンドは、この世界の切り札です。リンドはロンドの前に執拗に姿を現します。その目的は一体何なのでしょうか? というのが作中の1つの謎になっています。

ストーリーは録音されたセリフと、背景の影に映された字幕で語られます。その言葉の一つ一つがよく練られていて、味わいながら作品を見ることができました。「水が血よりも重いなんて」「我々は水は死ぬのだと知りました」など、冒頭の世界観を説明するシーンでの、水に対する絶望的な例えが印象的でした。ダンスも、ダンサーたちの体が集団でグニャリとゆがんだり、死体を引きずるような動きがあったり、突き抜ける闇があって、すぐに舞台の世界に引き込まれました。
セリフでは他に、恋が叶ったリンドの心境を表す言葉が、強すぎる恋のようにも、潜在的な暴力性にも思えて好きでした。

全体として印象的だったのが、随所に見られた光を使った演出です。水脈を見つけたことを表す演出として、とてもまぶしい白い光が使われます。その強い輝きによって、さんざんなこの世界において水がどれだけ神聖なものか、心に印象づけられました。

多様な動きの見せ方

作中には体のさまざまな動きを、余すとこなく見せようとする工夫が随所にあります。観客席からはわかりづらい、食卓上で行われるダンスを上から撮影し壁に映したり、死者を弔う手の動きを、影として大きく壁に映したり。

特におもしろかったのは、コールセンターのシーン。
逃げたリンドの目撃者情報を探す警察が、次々とかかってくる目撃情報に翻弄される姿を描きます。ここでは木枠をデスクとして使い、各自が黒電話を持ちます。コードを複雑に絡ませるダンスもおもしろいですが、足を動きを見せるシーンには驚かされました。
曲の途中、照明が落ち、デスクの下、つまり木枠の中のライトが付き、足をハイライトする場面があります。そこでまず私は、木枠の中が光ると思ってなかったのでその仕掛けに驚きます。さらにしばらく足の動きを見せた後、木枠のライトが消えて照明が元通りになった直後、あれだけ足を動かしていたのに、ダンサーの上半身が何事もなかったように、美しいポーズでピタリと静止しているんです。ここが映画のようだと思いました。
映像であれば、足を映した映像と全体を映した映像をあらかじめ用意して、編集でつなぐことで作られるビジュアルが、ライブで行われていることに感動しました。

振付ではデモのシーンで演じられた、クランプを取り入れた振付が新鮮でした。DAZZLEのダンスというと、私の中ですでに漠然とイメージができあがっていたのですが、デモのシーンの振付は、それとはまた違って、でも明らかにDAZZLEでした。どんなジャンルも取り込んでしまう、DAZZLEというのは本当に唯一無二のスタイルなんだと実感しました。

美しいダンスに悪意が映える

ダンスや演出も素敵でしたが、私は悪意に満ちた世界観の虜になりました。作中にはこれでもかというほど、嫌な人間が出てきます。
公演のタイトルに含まれる「鱗人」(リンド)は、そのまま役名として使われます。これは私の想像ですが、「リンド」という呼び名は、元は人間だったリンドが生まれた時に親からもらった名前ではなく、「出っ歯」とか「ロン毛」のように、身体的な特徴を表した蔑称だと思うんですよね。そう思うと、人を殺して井戸を手に入れた富豪の男が、慕うような声で「僕のリンド」と呼ぶのが、とてもいやらしいなぁと思うのです。

そんな悪人たちの中で私が誰が一番好きだったのはロンドの父親(渡邉勇樹)です。
ロンドの父親は、自分の雇い主を殺して井戸を奪います。貴重な水源を手にいれた彼がお金持ちになって家族と幸せに暮らしたかというと、もちろんそうではありません。他人を殺して井戸を奪った父親は他人を信じることができず、家族を放って自分だけで井戸を守り続けます。そしてある日、毒の入ったお酒を出され、うっかりとそれを飲み、死ぬのです。
なぜ家族すら信じなかった父親が、うっかり手渡されたお酒を飲んでしまったのか。たぶん父親も、井戸を守り続けることに精神的にも疲れていたし、何よりのどが乾いて限界だったんじゃないかと私は思います。自分のすぐ後ろに井戸があったのに、それでも父親は乾いていた。きっと彼の地獄は井戸を手に入れた時から始まるんです。彼の緊張、不安、孤独、そういうものを想像するととてもゾクゾクしますね。

この作品のエンディングは、投票によるマルチエンディング方式をとっていました。前半が終わると観客は、天秤の皿にコインを1枚投票します。その結果によって、後半のストーリーが変わります。セット、ダンス、結末ががらりと変わるので選びがたいですが、私は向かって左の皿のコインが多かった際のエンディングが好きでした。
理由の1つは、ロンドがホームレスに言いがかりをつけられる短いシーンが好きだったからです。その言いがかりの内容というのは完全に八つ当たりなのですが、いかにも自分の都合通りに物事が運ばなかった人の言いそうなことなんですよね。ダメなんですけど、言いがかりとして、とてもまっとうなんです。最後まで一貫して人間の悪意を描くことへの抜かりなさ、私はここで感動しました。

このエンディングが好きだった他の理由は、長谷川達也さんのラストのソロです。悲しみで内臓が破裂したような、体が骨まで砕けてしまうようなダンスが忘れられません。

公演を見ながら、「もし私がこの世界の住人だったら」と考えましたが、状況がここまで来てしまうと私はきっと「こんな狂った世界なくなってしまえ」とすべてを憎むと思います。だからやっぱり左の皿に投票すると思いました。でも今思えば、それはあくまで公演の中の話がファンタジーだからそう考えたんだと思うんです。
例えば冒頭に書いたように、何かの病気で多くの人が亡くなっていて、そこに誰かの犠牲によって科学的根拠のある治療薬を作れる可能性がある、というような状況であれば、私は右の皿に票を入れたと思います。そう思うと、私が公演を見ながら考えていたことは、まだまだ作中でリンドが望んでいたほど考え尽くしていなかったなと思います。
本当に、どっちに投票するのが自分にとって真の正解なのかわからない、悩ましい2択でした。


DAZZLEのダンスには、花や貝といった自然界にあるものような美しさを感じます。作為や人のエゴいったものを感じさせないナチュラルさがありながら、非常にコントロールされていて数学的、緻密で均整のとれた造形をしています。自然の持つ美しさと、DAZZLEが持つ美しさはよく似ています。
だけどDAZZLEは人間なので、ただそこに存在して美しいだけではなく、彼ら独自の新しい世界を作ることができるんです。
公演には、今まで私がDAZZLEのダンスから感じていた清く澄んだ美しさとは別ベクトルの、人間の悪意に満ちた世界が描かれていました。初めて単独公演を見た私はそのことにとても驚きました。2つの逆向きのベクトルがお互い引き立てあっていて、どちらがDAZZLEの本質なのかわかりません。とらえどころのない曖昧さに「美しいの?邪悪なの?どっちなの?」と心が振り回され、公演が終わった後も、忘れることができません。
この感覚はDAZZLEでしか得られない、中毒性のある刺激でした。20周年にいたるまで団体が続き、ファンがついていくのもとても納得できます。


2016年10月 14日 (金) 〜 10月 23日 (日)
あうるすぽっと
上演時間:約2時間

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ストリートダンスと女性アイドルの熱いファン。
サークル・KAFLY(http://kafly48.minibird.jp/)で女性アイドルのミニコミ誌を定期発行しています。今一推しのアイドルは東京パフォーマンスドールの橘二葉ちゃん。
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