胸を貫く美しい世界 ーDAZZLE「ASTERISK」感想ー ストーリー編

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全国青春ダンスカップ By GENERATIONS高校TV_シングル

前の記事に引き続き、この記事ではASTERISKの感想を「ストーリー」に注目しながら語っていきたいと思います。

公演情報
「ASTERISK」(アスタリスク)
公演期間 : 2014/5/9(金)〜 2014/5/11(日)
会場 : 東京国際フォーラム ホールC

-あらすじ-
未来に何の不安も抱くことなく、全てにおいて満たされていた兄と妹。しかし、父の死を契機に没落してしまう。みじめな生活から抜け出そうとした矢先、二人は離ればなれに。二人の運命は、再び交錯するのか。答えは月だけが知っている。(webサイトより)
http://youtu.be/S7C1tVeFb4A

※ 一部公演内容の核心に触れますのでご了承ください。

巧みなストーリテリング

この公演の脚本を書いているのは、DAZZLEの飯塚浩一郎さんになります。ダンサーであり、コピーライターでもあり、広告界で受賞歴もある方です。そんな経歴も「なるほど!」と思う魅力的なストーリーでした。

大まかなあらすじは冒頭書いた通りなのですが、私が個人的に興味深く思ったのは、孤児院を出て離ればなれになったあと、兄と妹がそれぞれがたどる足取りの違いです。

兄と妹の運命の対比

兄は窃盗団のリーダーになり、その後仲間に裏切られ留置所に入れられます。そして刑務所行きを免れるために軍隊に入り、そこで頭角を現します。
兄の行動パターンとして、場所を転々としながら生活し、辿り着いたコミニュティの中で頭角を現していくというわけです。兄の目標は19年後に自分の屋敷で妹と再会することですが、屋敷とは物理的に遠い場所である国境の戦場という場所に行き着いてしまうのもおもしろいと思います。

一方で妹。兄と一緒に孤児院に送られ、その後娘のいない男爵に兄とともに引き取られます。その道中で、兄の提案で男爵のもとから逃げ出しますが、結局兄と離れてしまい男爵に育てられる道を選びます。
妹もまた兄と同じように19年後屋敷で兄と再会することを目指しますが、そのための方法として、裕福な男爵のもとでお金を手に入れ、屋敷を買い戻そうとします。
そして、よりたくさんのお金を欲して、孤児院の院長が経営する怪しげなクラブで体を売ります。

…ここでちょっと余談になりますが、「クラブ」のパートで赤っぽいライトの中、仲宗根梨乃さん、MIKEYさん、MEDUSAさん、矢野顕祐子さん、Koharu Sugawawraさん、UNOさん、KUMIさんが踊るシーンが、すごく妖艶で美しいです!! 魅惑的!

閑話休題。そんな感じで二人の人生を比べると、再会を思いながら場所を転々とする兄に対して、妹は男爵から逃げ出したのにまた戻り、孤児院を出たのにまた孤児院長を頼り、同じコミュニティをぐるぐるまわっていくような生き方です。

ここで一度、幼少期の何不自由なく暮らしていた頃の兄と妹を振り返ってみましょう。
兄は誇り高く、妹を守る優しい兄で、妹は美しい瞳を持つ妹でした。しかし離ればなれになった後、二人は、幼少期とはずいぶんかけ離れた大人に育ちます。
兄は窃盗など犯罪に手を染め、戦場では誇りを失います。妹はお金におぼれ、やがて瞳を売ることになります。

しかし考えてみると、兄は幼少期に、妹を守っていた行動力やリーダーシップが、妹は、兄のそばを離れられなかった幼少期の保守的・受動的な部分が、その後の人生にブレずにきちんと反映されいるように感じます。そこが私のストーリー上の好きだった点です。
お互いがただやみくもに不幸な人生を歩んでいくのでは無く、行動にはキャラクター上の意味があるんだと感じました。

何も持たないとどうなるか?

もう一つ好きだった点は、何も持たない二人の人生についての描かれ方の対比です。
所有物を失った兄は、戦場に行き頭角をあわらします。この時「戦場は何も持たない者がのし上がるにはうってつけの環境だった」というナレーションが入ります。兄の人生にとって、何も持たないことはマイナスではないのです。

一方、令嬢なのに怪しげなクラブに出入りしスキャンダルを起こした妹は、男爵から縁を切られます。それにより財産やステータスを失った妹は、瞳を売って屋敷を買い戻すお金を作る決断をします。このとき妹の言葉を表す「誰も何も持たない女に興味はない」という内容のナレーションが入ります。
兄も妹もどちらも、物語の途中ですべてを失います。しかし、兄はその状態から戦場で水を得た魚のように活躍し地位を手に入れ(やがて失いますが)、妹は失ったことにより「自分に価値がなくなった」と思い込みます。

これは単に兄と妹のキャラクターの違いではあると思いますが、一方で社会で生きるでの男女の違いをそのまま表しているようにも感じます。
私は、「何も無い自分には価値がない」と感じる妹に妙に共感しました。(だから女性はセレブに憧れるんです!)

なお、兄は「一族の誇りである指輪」妹は「きれいな瞳」というのが二人のアイデンティティを表すキーアイテムになっています。
これが公演のラストに最大の伏線として気持ちよく回収されていくので、ストーリーだけに着目してもとても見応えを感じました。


ところで、十代のころにこの公演を見たとしたら、おそらく「兄も妹も大人なんだから、恋人作ったり、もっとお互い以外のことに目を向けて前向きに生きればいいのに」という感想を持った気がします。

しかし、十代のころは思いもしませんでしたが、社会人になると、さらにいうと年をとればとるほど、生活やお金に関すること、自分や家族の健康や生死に関することなど、家族以外に頼れない問題がたびたび出てくることを知りました。
現代は様々な便利なサービスがあり、国の支援制度も昔に比べ充実していると思いますが、それでも最終的に家族しか頼れないことはいっぱいあります。現代ですらこうなので、このストーリーに描かれていた時代であればなおのこと、生きる上で家族の助け合いは必要だったでしょう。
血のつながっている者をかけがえなく思う気持ちが、この年になってこそ実感を持って感じます。

なのでできれば親元で暮らしていた十代のころに一度この公演を見てみたかったし、二十年後くらいにもまた見て、ストーリーに対する自分の感じ方がどういう風に変わっていくかを味わってみたいものです。

最後に

公演中、こんな孤児院長の言葉があります。
「何も生み出す力の無い人間は 奪うしか無いんだ。金も自由も 愛さえも」
このセリフは「孤児院」のパートと「クラブ」のパートで2回でてきます。複数回出てきたからというのもありますが、私にはこのセリフが一つの真理を語っている気がして、妙に頭に残っています。

「奪う」というのは、公演では具体的に窃盗や売春などの行為をさします。
しかし、私たちの日常生活の中にも、人の時間を奪ったり、人の自由を奪ったり、人の手柄を奪ったり、悪気のあるなしに関わらず、自分の都合で誰かに損をさせてしまうことはたびたび起こります。
そして、奪うことでは幸せになれないということも、誰もが一度は感じたことがあると思います。
日常生活以外でも、舞台のような場でもそうだと思います。

ASTERISKはとてもいい公演でした。私が特に好きな点がここまで長々と書いてきましたが、なにより気持ちよく見ることができたんのは、たくさんの出演者がいて、その見せ場はすべてによかった! と感じることができたからです。
これは公演に関わった方々が、「生み出す力」があったからだと思います。
パンフレットを読んでいても、「良い公演を作り上げよう」という熱意が伝わってきました。

私は観客席で見る身として、ステージ上の人に対して「割を食っている」と感じると、気持ちよく見ることができません。今回のようなダンスの公演であれば、「ダンサーの魅力を奪っている」という感情を抱いてしまったら、公演の世界にのめり込むことはできなかったでしょう。

人間は常に何かに感動したい、憧れたい、陶酔したいという気持ちを持っていると思います。今回のASTERISKが生み出した美しい世界は、私のその感情を満たしてくれるものでした。それは何かを奪うことでできあがった創作物では、満たされなかったと思います。

奪うのでは無く、生み出すということは、人に感動をあたえることができます。何かを生み出すということは、非常に尊くすばらしいことです。ASTERISKを見てそう強く感じました。

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ストリートダンスと女性アイドルの熱いファン。
サークル・KAFLY(http://kafly48.minibird.jp/)で女性アイドルのミニコミ誌を定期発行しています。今一推しのアイドルは東京パフォーマンスドールの橘二葉ちゃん。
苦手な食べ物はなすびとマンゴー。

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