【Dewspeak vol.09】日本ヒップホップ第一世代 HORIE “Harucalloway” HARUKI


言わずと知れた日本ヒップホップ第一世代であり、今尚第一線で踊り続けるリビングレジェンドHORIE “Harucalloway” HARUKI from Sound Cream Steppers。
時代と共にあらゆるダンスを習得し、16歳キャリアスタートから現在50歳に至るまで常にシーン最前線に君臨。
ダンスと共にMCもこなしJAZZミュージシャン顔負けの強烈すぎるキャラクター性も兼ね備える。
またダンス、音楽への知識の豊富さでも知られシーンにおいてヒップホップ伝道師的存在となり絶大な支持を得続けている。
そんなヒップホップ伝道師HORIE氏の歴史を振り返り、ストリートとは、ヒップホップとは何なのか・・・TAKUYA(SYMBOL-ISM)が熱い対談を試みる。

TAKUYA
HORIEさんとは昔から何度も僕はお話させて頂いてますし、HORIEさん自身もSNS等を通じて個人発信を積極的にされていて多分多くの方がHORIEさんの言葉に多大な影響やヒントを受けていると思うのですが、今回は改めてHORIEさんの歴史も振り返りつつ、僕自身今だからこそ聞いてみたいなと思う事もあり、現代に置き換えた時にどう考えるかのヒントになるようなお話が聞きだせるのではと思っています。宜しくお願いします。 

HORIE
はい。宜しくお願いします。

TAKUYA
まず基本的なところなんですけど、現在50歳になられたHORIEさんのダンス歴はどのくらいになるんですか?
僕も出演させてもらったSound Cream Steppers 20周年パーティーが何年か前に。

HORIE
20周年が2013年だから、つまり今チームは25周年かな。
そこからプラス10年と考えて自分自身のダンス歴は35年くらいになるのかね。

TAKUYA
なるほど、という事は1983年からスタートしたんですね。
つまり映画『ワイルド・スタイル』の公開と共に影響されたヒップホップの世代っていうことですよね。

HORIE
第一次、第一の矢。
いわゆる原宿ホコ天時代だね。

TAKUYA
当時、HORIEさんがホコ天に通いだしたのはいつですか?

HORIE
確か、高一か高ニかくらいの頃だね。

TAKUYA
そこから始められたということですね。
以前からよくHORIEさんともお話させてもらったんですけど、ブレイキングの中でも技じゃないみたいなところの着眼点というか・・・。
僕も少なからずブレイキングをやっていた時期があるんですけど、やっぱりやり始めは派手なものに目がいきがちで、しかも今の時代だと想像しにくいですが、あの入ってきた瞬間て、恐らくああいったダンスの実態を捉えるのも相当なセンスを要すると思うんですよね。
でもHORIEさん方は早々に大技のみじゃない部分に拘って、見え辛い部分に時間をかけて、みたいな印象があって。
僕の中では第一次シティーボーイダンサー?みたいなイメージですけど、いきなり着眼点が「ダンスとしてスタイリッシュにブレイキングを捉えていた」みたいな。
それって何故早い時期から気付けたのかなと。

HORIE
『ワイルド・スタイル』っていう映画のプロモーションで、ニューヨークのダンサーとDJとラッパーとグラフィティアーティストが総勢26名ぐらいで世界ツアーを回ったときに日本にも来ていて、テレビ出演して、それが置き土産になるわけだよね。
俺たちの最初の教科書になる。
『笑っていいとも』とかニュース番組とかにも取り上げられていて、当時のMYSTIC MOVERS(ミスティックムーバーズ)というチームメイトであり、高校生の僕の同級生でもあるCake K(ケイクケー )がベータマックス(ソニーが販売していた家庭向けビデオテープレコーダおよびその規格)で全部録画してたんですよね。
そこでのROCK STEADY CREW (ロック・ステディ・クルー)の踊り方がベースになるんだけど、その83年組と言われる今のROCK STEADY CREWじゃなくて、83年のメンバーの踊り方っていうのは当時はジャジーとかって言葉知らなかったけど、今で言えばジャジーな踊り方をしてたわけだよね。技をやらないんだよ。
とにかく出てきてちょっとトップロック、立ちのステップを見せてから、パッとフットワーク入って、サラッと帰っていくわけね。
全員そんな感じなわけよ。最初の教科書がそれだったからというのが大きいのかな。

TAKUYA
自然とそうなったわけですね。

HORIE
そう。
足技とかを競い合うものなんだなっていうのは捉えたよね。

TAKUYA
完全第一世代ですよね、その発想が。

HORIE
もちろんウインドミルとか技も全然興味あるんだけど、俺らはフットワークのつなぎだとか、トップロックからフットワークに入るときのドロップのパターンだとか、そういう事を競い合うものであって、体力勝負とか回ったもん勝ちっとかていうのは、かなり初期からダサいねってMYSTIC MOVERS内では言い合ってたよね。

TAKUYA
その後に日本の中でパワームーブの進化がすごくなってきて多くの人の興味がそちらに向かっていく中でも方向性は変わらずですか?

HORIE
人それぞれ自由だよっていう感じで技をやる人はやればみたいな。
ただうちらはうちらで打ち出すものはあるよっていうだけの話だったかもね。
でもすごい誇りがあって、例えばウインドミルを抜く人とか、ヘッドスピンを回る人もいたけど、その前に「普通のフットワークできてねえじゃん」とかって言ってた。
普通のフットワークできてないのにそんな技とかをやってるっていうのは、ちょっとこう、アホっていうか、一発屋?ダンスじゃねーだろうっていう感覚は当時あったんだよ。
だから幸運にもROCK STEADY CREWの踊り方を見てそのままいけたんで、ダンス的にブレイキングを捉えることができたんだろうね。
ちゃんと手順があって、ウインドミル合戦ならウインドミル合戦で行くんだけど、通常はもっとジャジーなもの、要するにフレーズ合戦なんだよっていう。
どういうフレーズ持ってんの?俺はこういうフレーズあるよっていうので戦うものであって。
当時色んな方々とお話させてもらってもその話をみんな「あ、いや、注目してなかったそこは」って誰もがそう言ってました。

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