必読!!Be-Bopの生みの親「Irven Lewis(Brothers in Jazz)」を中心とした豪華対談が実現

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日本のダンスシーンにおいて『Be-Bop』と呼ばれているダンスジャンルがある。HiPHOP等のようなメジャーなジャンルではなく、マイノリティー(少数派)なジャンルである。
しかし、その魅力に取り付かれ、また、インスピレーションを受けたダンサーも多いであろう。

その『Be-Bop』の生みの親である、『Be-Bopの神様』Irven Lewis(Brothers in Jazz)が約9年ぶりにイギリス・ロンドンより来日した。

そこでこの機会に、オリジネーターにルーツを聞き、それぞれのダンサーの想いを話し合い、改めてBe-Bopダンスを、Be-Bopカルチャーを、初めて知る方々にもわかる様に、広くダンスシーンに、世の中に知ってもらうべく、日本のダンスシーンにおいて、Be-Bopを愛し、そのダンスカルチャーを伝え続ける、ベテランから若手までの日本人ダンサー9名に、Irven Lewisを加え、

【LONDON and TOKYO Be-Bop 座談会】

を開催した。本日はその模様をお届けしよう。

[議題① Be-Bopはどのように生まれ、発展していったのか?]

bebop irven lewis

Irven Lewis:
Be-Bop、FUSION、ノーザンジャズと細かく分けると種類はある。大きくJAZZ DANCE(※1)に関して言うと、1950年代、イギリスの植民地だった国々(インド・ジャマイカ等)から、自国で仕事が無い人々が、働き口を求め、イギリスへやってきた。その人々(特にジャマイカン)が、SKA(※2)やレゲエでダンスを始めたのがダンス文化のスタート。その中でもSKAがロンドンで1950~60年に「LONDON SKA」と呼ばれ、そのMUSICでDANCEをした。

(この映像で踊っているステップがJAZZ DANCE STEPのルーツの1つ)
レゲエダンスのステップや、スカンキンと呼ばれるSKAで踊るステップが、ルーツとなっている。

当時は、白人と黒人のダンスホール(大勢でDJの音に合わせてダンスを楽しむ所。今で言うところのクラブ)は分かれていて、DJもダンサーも白人と黒人の交流は無かった。
白人→タウンセンターという中心街・綺麗なホール / 黒人→貧しいエリア(コミュニティーセンター等)・ボロボロのホール。このダンスホールで踊っていた黒人ダンサー達は「ルードボーイ(※3)」と呼ばれ、JAZZ DANCEのルーツとなるステップはこの黒人のダンスホールから生まれた。

その後、白人と黒人の交流が始まる。(1960~1970年代)
黒人のダンスホールカルチャーを「楽しそう!」と興味を持った白人達が、黒人のエリアに遊びに来たことがきっかけで、黒人達も白人のダンスホールに遊びに行くようになる。

白人のダンスホールで、黒人ダンサー達は、白人DJのプレイで初めてSOUL、FUNK、DISCO MUSICに触れる。

その後、1970年代後半のDISCO MUSICの衰退もあり、新しく流す音楽を探し求めていたの白人DJ達が「JAZZ MUSIC」をかけたのが「JAZZ DANCE」、いわゆるBe-Bopのスタートと言える。
→解説参照
Be-Bopはロンドンで生まれたと言われているが、『Brothers in Jazz』が出身の北部(マンチェスター・リーズ)という説もある。だが、やはり、このカルチャーの本当の原点は「ジャマイカの文化」であると、Irven Lewisは最後に付け加えた。

【注釈解説】
※1 JAZZ DANCE
一般に日本のダンスシーンで呼ばれているダンスジャンルの「JAZZ」とは、ここでは違う意味で、
「JAZZ MUSICにあわせて踊るダンス」の意味。いわゆる日本ではBe-Bopと呼ばれるダンス。
→参考(Youtube) https://youtu.be/RTGNB6w7da0

※2 SKA
スカの発祥については諸説ある。
感度の悪いラジオで、ニューオーリンズなどアメリカ南部の都市のラジオ放送局からのジャズの2・4拍めが強調されて聴こえたため、誤ってコピーされたという説もある。
直接的には、1950年代からのアメリカのリズム・アンド・ブルースと、ジャマイカの音楽文化には欠かせないサウンド・システムの影響が大きいが、それ以前にジャマイカにはジャズの下地があり、スカ以前のメント、ラスタファリアニズムの影響があった。(wikipediaより抜粋)

※3 ルードボーイ
1950年代から1960年代にかけて、ジャマイカでは地方から首都キングストンに仕事を求める若年貧困層が大量に流入し、キングストン市内にはトレンチタウン、リバートンシティやグリニッチタウンなどのゲットーが生まれていった。国の大部分は1962年のジャマイカ独立後の気分で満たされ楽観的だったが、これらの非常に貧しい若者たちは楽観的な感情を共有できなかった。彼らの一部は貧困からギャング化し、ルードボーイやルーディ、スカフロウ(Scofflaw、常習的違反者)と呼ばれるようになった。ルードボーイはハリウッド映画のギャングを真似して、黒いスーツに細いネクタイを身に付け、ポークパイハットをかぶった。
イギリスにもジャマイカからの移民が多く流入し、ジャマイカ音楽と併せてルードボーイのファッションも受容されていき、スキンヘッズサブカルチャーへ大きな影響を与えた。(wikipediaより抜粋)

▼解説・JAZZ DJの登場 及びJAZZ で踊るカルチャーのスタート
1981年、DJのポール・マーフィーがロンドンのクラブ「Electric Ballroom」にて、ジャズのレコードを選曲したイベント「Jazz Room」を開催した。
また、イギリス北部のマンチェスターのクラブ「Berlin」では、DJのコリン・カーティスとダンス・グループのジャズ・ディフェクターズによるジャズ・イベントが話題となり、ジャズに合わせて踊る文化が生まれた。
「Jazz Room」は、1984年にロンドン・ソーホーのクラブ「The Wag Club」へ移転し、ジャイルス・ピーターソン、バズ・フェ・ジャズらのDJを輩出した。
(DJ Tomi the Jazzy Monk(Repoll:FX)著・JAZZ FOR DANCERSより)


[議題② Irven LewisはBe-Bopとどの様に出逢い、キャリアを重ねたのか?]
bebop irven lewis

Irven Lewis:
1970年代後半にDISCOが衰退し、音楽の情報が無くなった中で、DJが(※4)チック・コリアをはじめとするJAZZをかけ始めた、そんな時代もあり、Irven Lewis自身は1979年にダンスホールで、DISCO、JAZZ FUNK、JAZZという音楽に出逢った。初めは、ミュージックカルチャーも、ダンスカルチャーも、イギリス国内でも首都ロンドンと北部(マンチェスター・リーズ)は、都会と地方の違いで、異なるものだった。(Irven Lewisは北部出身)

ダンスキャリアの中で、最初にIrven Lewisが所属したチームは「クリーム」という6人組のチームで、リーズの中のBESTダンサーが集まって結成。その中ではアービンは若手ダンサーで、後に『Brothers in Jazz』でチームメイトとなるウェインは先輩。その頃はノーザンJAZZをやっていて、先輩であるウェインにダンスをチェックされ、ウェインと2人でチームを組む事になったが、もう一人欲しいと思っていたところ、ダンスバトルでトレバーと出逢い、後に『Brothers in Jazz』の結成へと動いていく。
そして、イギリス各地を回って、ダンスバトルに明け暮れた。(チャンピオンを目指して!)

ダンスバトルにて成果を収めたメンバーは3人は、ロンドンへ行き、ダンスを基礎から学ぶ為、ダンスの学校に通う。
ロンドンでは、「Electric Ballroom」(※議題①注釈参考)でも踊ることがあった。

『(※5)I.D.J』と『Brothers in Jazz』という2大ダンスチームは、仲が良くないと言われているが、全然そんな事は無く、お互いダンススタイルは違うので、尊敬し合っている。1980年代後半にはJAZZ DANCEブームを巻き起こし、イギリスやヨーロッパで、ダンサーとして認められ、コレオグラファーとしても活躍する。1991年に、Brothers in Jazzとして初来日し、伝説となったPARCOのCMに登場した。

その後、『Be-Bopの神様』として、何度も来日している。

▼注釈解説
※4 チック・コリア
1941年マサチューセット州チェルシーで生まれる。ジャズ・トランペッターの父親から影響を受けピアノを習い始める。1960年代にモンゴ・サンタマリア楽団、ハービー、マン、スタン・ゲッツのグループに参加。そして1968年にマイルス・デイビスの記念碑作品「イン・ア・サイレント・ウェイ」「ビッチェズ・ブリュー」に参加して話題を集める。1970年にアンソニー・ブラクストンとサークルを結成。そしてそして1972年、名グループ、リターン・トゥ・フォーエヴァーを結成、驚異的セールスを記録。
1970年後半にはハービー・ハンコック、ゲイリー・バートンとのアコースティックな音楽への追求を見せる。1980年代に入るとクラシック音楽、ニュー・ビバップ論の展開など幅広い活動を続ける。1985年にGRPレコードと契約し、チック自身の名グループ、リターン・トゥ・フォーエヴァーを超えたと言わしめた最強グループ、 “チック・コリア・エレクトリック・バンド” を結成。さらに、メンバーにジョン・パティトゥッチ(b)、デイブ・ウェックル(ds)、とチック・コリア・エレクトリック・バンドを結成。2つのグループで活動を展開。そして1992年には念願の自己レーベル “ストレッチ・レコード” を設立。1993年8月新メンバーによる “チック・コリア・エレクトリック・バンドII” を結成、その後解散。1998年に新たにオリジンを結成、好評を博している。2000年、6年ぶりとなるソロ・ピアノ・アルバムを2タイトルリリース。この2枚のアルバムが、スイングジャーナル誌選定ゴールド・ディスクをダブル受賞という快挙を成し遂げる。
また、アヴィシャイ・コーエン(b)とジェフ・バラード(ds)による「現在、過去、未来」も2001年リリース。こちらもスイング・ジャーナル誌選定ゴールド・ディスクに選出される。2001年12月に音楽活動40周年、生誕60周年記念ライヴを3週間に渡って繰り広げ、大絶賛を浴びる。2003年4 月満を持してこのライヴ・アルバム「ランデヴー・イン・ニューヨーク」がリリース。こちらもスイングジャーナル誌選定ゴールド・ディスクとなった。 2004年7月にチック・コリア(keys,synthe)、ジョン・パティトゥッチ(b)、デイヴ・ウェックル(ds)、フランク・ギャンバレ(g)、エリック・マリエンサル(sax)のオリジナル・メンバーでレコーデイングされたあの伝説のチック・コリア・エレクトリック・バンドの「トゥー・ザ・スターズ」をリリース、ジャズ・シーン最高のホットな話題となり2005年6月にこのエレクトリック・バンドで来日した。2006年スティーヴ・ガッド (ds)とクリスチャン・マクブライド(b)とのスーパー・トリオの作品と「アルティメット・アドヴェンチャー」の同時2タイトルをリリース。同年8月にはトロンハイム・ジャズ・オーケストラとの共演盤「リターン・トゥ・フォーエヴァー?ライヴ・イン・モルデ」をリリース。東京ジャズで出演を果たす。また、「スーパー・トリオ」では2006年度のスイングジャーナル誌主催ジャズ・ディスク大賞で金賞を受賞、「アルティメット・アドヴェンチャー」では 2006年度のグラミー賞を2部門受賞した。

※5 I.D.J (I DANCE JAZZ)

84年にロンドンで結成。“I.D.J“のリーダーでありBE-BOPシーンの先導者であるJerryは、ロンドンのBE-BOPダンサー達のシンボル的存在であった。”I.D.J”は”Working Week”とのセッションを皮切りに活動を開始、イギリスの音楽誌「FACE」等にイギリスの新たなムーブメントとしてメディアで取り上げられる。映画「アブソリュート・ビギナーズ」に出演。88年に開催されたネルソンマンデラコンサートにてアートブレーキ&ジャズメッセンジャーとの共演を果たす。チャンネル4のTVショウ「7 SPORTS」での”Back Street Kids”VS”Brothers in Jazz”とのアグレッシヴなダンスバトルは、イギリスの国民に興奮と衝撃を与え、後にこのダンスバトルを題材にした「マンチェスター伝説のフットパロット」というドキュメンタリーが放映され話題となった。


[議題③ 日本のBe-Bopシーンについて]

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Irven Lewis:
日本のレベルは、9年前と比べてあがった。基礎がしっかりしている。『Be-Bop』というダンスジャンルの名前は日本語的な表現。名前は好きに表現してもらっていい。20年前に日本に来たときにこのジャンルを『Be-Bop』と言ったことを忘れていたけど(笑)、』20年たっても日本ではBeBopという名前で呼ばれているのに驚いた。アメリカではswingといって、日本ではBe-Bop(アメリカでswingといったことも忘れてるが(笑))と当時は言っていた。だから、Be-Bopとうジャンル名が、日本発信で、世界に定着している。

HORIE:
日本の歴史を整理すると、80年代前半~86年はブレイクダンスが全世紀で、その後ブレイクダンスが下火になった時に、センスのあるダンサー達(SEIJIさん、OHJIさん、SAMさん等々)が新しいモノを求め始めた。チックコリアのPVに IDJが出演していたものから『Be-Bop』ダンスという新しい刺激を受ける。
→参照(Youtube)
Chick Corea Elektric Band – Elektric City

UFO(音楽業界)やTAKEO KIKUCHIさん(メンズビギ・メンズテノラス等のファッション業界) も、このダンスに目をつけていたし、Brothers in Jazzとも共演もしていた。日本では、BeBopCrewがすでにBe-Bopを取り入れたSHOWをしていた。

YUKI:
ロンドンによく行ってたSEIJIさんから色々と教えてもらった。SEIJIさんの新しいダンスのキャッチ力が凄かった。HIDEBOHさんからの情報(TAPからの情報)も凄かったし、その要素もとても勉強になった。

HORIE:
当時、Brothers in Jazz が出演していたPARCO CMを観て、自分は衝撃をうけた。その後、SAMさんが率いるMEGAMIXで日本でのBe-BopのSHOWを一つ確立した。

bebop irven lewis yuki
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■GOTOさんからIZMさんへBe-Bopの精神が引き継がれる
(Sound Cream Steppers から STAX GROOVEへ)

IZM:
当時のチームでHIPHOPやHOUSEをやっていたが、IZMさん SHUNさん アメリカ・ロンドンへ行った時に新しいダンス、Be-Bopに出会う。Bebopへ移った理由はフロアーテクニシャンズを観て、影響受ける。

HORIE:
日本ではダンサーによる『Be-Bopイベント』が始まる

JAZZ IN THE LIFE・Jazz cats(STAX GROOVE主催)

BOP CITY(BOP FIVE主催)

cooperation(SHUN(STAX GROOVE)主催)

BOPPIN JIVE(GOTO(Sound Cream Steppers)主催)

こういったイベントの中から、今活躍するBe-Bopダンサーが数多く登場した。


[議題④ Be-Bopをダンスとして分解・分析してみる]

bebop irven lewis

●Be-Bopのステップのルーツは??
Irven Lewis:
自分は(※6)マンボのステップがベース。

●(※7)ニコラス・ブラザーズには影響を受けたのではないか??

Irven Lewis:
アメリカにSHOWで行った時に、「お前たちの踊りは、ニコラス・ブラザーズに似ているな」と言われ、初めて知った。イギリスではTAPは白人がやる踊りだったので。特に影響は受けてはいないが、知ってから、映像を観て、すごいなと思った。

●Be-Bopにはバレエやコンテンポラリーの要素も入っているといわれるが??

Irven Lewis:
特に意識はしていないが、昔のディスコ時代のことを思い返すと、FUNKやソウルの動きをで高速のJAZZに合わせて踊っていたが、その中に、マンボもあって、バレエの要素、コンテンポラリーの要素も入っていたなと思う。

まとめると、Be-Bopというダンスは、タップダンス、バレエ、コンテンポラリー、マンボ、ラテン、とった様々なジャンルが融合し、自分のインスピレーションから生まれる動きを表現とするダンスと言える。

▼注釈解説
※6 マンボ
ラテンアメリカのダンス・リズムの一つ、またその音楽。ルンバにジャズの要素を加えた4分の4拍子の音楽。主として管楽器と打楽器を使い、新しいステップの踊りとともに1950年代には全世界に流行した。

※7 ニコラス・ブラザーズ
ニコラス・ブラザーズはFayard、そしてHaroldによる、アフリカンアメリカンの兄弟。アクロバティックなタップダンススタイルを武器に、ミュージカル映画やテレビなどで活躍し、数々のショーを受賞している。注目すべきは2人の息の合い方と、なによりそのアクロバティックなムーヴの数々!!ジャンプからスプリッツの流れは見事の一言。
→参考(Youtube)


議題⑤ 何故、Be-Bopというダンス・ジャンルにこだわって続けているのか?

goto sound cream steppers
horie sound cream steppers

GOTO:
頭で考えてこだわっているというよりも、HIPHOP、B-BOYからダンスに入って、その時代に合わせて流行っているダンスをやってきて、その今までやってきたダンスのエッセンスを表現できるのがBe-Bopだった。

YUKI:
お洒落。黒人っぽくて、カッコいいから。

MASUMI:
JAZZ MUSICに合わせて踊れるようになりたいから。JAZZ MUSICが、とにかくカッコイイ。セッションやバトルを通して、表現の仕方が見えかかってきているので、もっと勉強したい。

さっきぃ:
Be-BopだけでなくLOCKやPOPもやっているが、OLD SCHOOLやFUNKの質感が好きで、Be-Bopをやっていると、その質感が、LOCKやPOPをやっている時とまた違う感じで、一瞬でも感じることが出来て、気持ちが良いから。

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HASE:
Be-Bopと出会ったきっかけは、Sound Cream SteppersやSTAX GROOVEの皆さんを観てカッコいいと思った事で、その後、Repoll:FXというチームを組んでSHOWを作っていく中で、「Be-Bopを色々な方に知って欲しい、観て欲しい、一般の方にもわかりやすく伝えたい」という想いが強くなり、コンテストにチャレンジしていく中で、Be-Bopと、ダンスと向き合い、試行錯誤する事で、自分を成長させる事が出来たし、様々なダンサーの方々と知り合う事が出来たし、そのBe-Bopに、微力ながらも恩返しがしたい、という気持ちが強いから。

IZM:
ダンス的な部分で言うと、いくらやっても上手くならない、みたいな中毒性のあるジャンルで、頭で考えられないというか、ブレイクダンスとかもそうなんですが、技やトリックが大切だったり、フィーリングで表現出来たりという部分にハマっている。音楽的に言うと、acid Jazzにハマって世代で、ビートで踊るよりも、スネアやメロディーで踊る事に意識がいって、ロンドンへ行った時に、BrokenBeatsに出会って、また新しい踊りのアプローチを探求する様になったから。

Tamayo:
体が音楽に素直に反応する感覚があるところが好きであるし、今までダンスをやっていく中でのポイント、ポイントで何故かしら辞めたくなかった。
Be-Bopを通じて、沢山の仲間と出会うことができたし、「自分もやれば出来るんだ」という事を学ばせてもらった。
これからは、Be-Bopでダンスの世界に貢献していきたい。

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hase repoll

最後に…

HORIE:
本日対談に集まって頂いた皆さんは、指導者である方もいる訳ですが、Be-Bopを広めたいというよりも、エゴの塊みたいというか、自分がどうなりたいかを考えてる方々ですから(笑)でも、そんな皆さんが活動していくことが、そのままBe-Bopを広める事になっていけば一番良い訳ですし、我々は『ダンサー』ですから、理屈でどうこう言うよりも、踊りで言いたいことを伝えるということを実践していこうということ。今回、Irven Lewisの来日の機会に、こういった対談が出来て、我々の友情もまた一つ深まりました。

Irven Lewisより、日本のダンサーへ!
「Be-Bop don’t stop! keep moving!ROCK!」


【座談会・出席メンバー・チーム紹介】

■Irven Lewis
(Brothers in Jazz)

イギリス北部のクラブ“Berlin”で流行した、NORTHERN JAZZのダンススタイルは、その一例を北部出身の”Brothers in Jazz”で見ることができる。NORTHERN JAZZスタイルの特徴は流れるような手の動きをベースに、ターン、トリック、フロアワークを駆使し、凄まじい速さで対面した相手にプレッシャーを与える攻撃的なイギリス北部で生まれたダンススタイルである。Brothers in JazzのリーダーであるIrvenは、その壮絶なダンスバトルを制し10代のうちにNORTHERN JAZZの“KING”として君臨。それに加え、Jazzに合わせてMAMBOを踊ったことからヒントを得てWayneと共に独自のBE-BOPスタイルを追求。さらにバレエ学校「Urdang Academy」で学び、その後Irven Lewis、Wayne James、Trevor Millerの3人で”Brothers in Jazz”を結成、最速のステップを次々と生み出し、オリジナルのBE-BOPスタイルを確立させた。91年に日本初のBE-BOP のショウケースを行う。パルコのCMに出演する。日本にBE-BOPスタイルのダンスが知られるきっかけとなった。

そして97年に再来日、2002年に5年振りの来日を果たす。またIrvenは日本のBE-BOPシーンとの関わりがもっとも深く、パイオニア的存在であり、彼が日本のシーンに与えた影響は計り知れない。

■HORIE・YUKI・GOTO
(Sound Cream Steppers)

ストリートダンス創世記、1980年代前半から活動していた HORIE、YUKI、GOTOの3人からなるダンスユニット。HORIE と GOTO は日本の HIPHOP 発祥地原宿ホコ天ストリート出身、YUKIは福岡のオリジナルダンスグループBe-bop crew出身。80年代後半のダンスブームの中、TRFのSUMらと共にMEGA MIXを結成、フジTV “DANCE DANCE DANCE” で全国的知名度を得る。ダンススタイルは HIPHOP、HOUSE 等オールジャンル、特に1930年代に派生した即興性の強い JAZZスタイル “Be-bop” に於いて日本でトップに位置する。NY、LA での公演時、NYタイムス誌に大絶賛報道される等逸話も多い。ロンドンの Be-bopダンスの神様 “Brothers in Jazz” との交流も深く、共演も果たしている。TRF の初期メンバーを経て、1993年 “SOUND CREAM STEPPERS” を結成。TOKYOクラブダンスシーンの最前線に存在しながら、浜崎あゆみの全国ツアーダンサーを4年以上に渡り勤める等、ジャンルを越えた活動もこなす実力派。磨き上げたダンス、JAZZミュージシャン顔負けのキャラクターは、年令や性別に関わらず全国のダンサー達に熱く支持されている。

■IZM
(STAX GROOVE)

リーダーを務めるIZM、YOSSY、SHUN、MUNEの4人を軸に構成されるダンス・クリエーティブアーティスト集団。「音に合わせて踊るだけではなく、音を創り出すDance演奏者」STAX GROOVEパフォーマンスコンセプト。‘96年にSTAX GROOVEとして結成されてから今なお、数々の有名ミュージシャン他アーティストのバックダンサーから、CM・ファッション誌等でのアクトモデル出演と、その活動はクラブシーン限定ではなく 幅広いシーンでの活躍を遂げている、日本を代表するJAZZ MUSICで踊れるダンスクリエイター集団。

‘02年、台湾、韓国(ソウル・プサン)からイギリス(ロンドン)、フランス(パリ)、 そしてアメリカ(ニューヨーク)へと渡り行なわれたStreet Dance Live Tour「FUSION WORLD TOUR 2002」を大成功に終わらせたことは記憶に新しい。その後も03’04’05’と勢力的にEU(ロンドン、アムステルダム),ASIA(香港,上海,韓国他)主要都市を中心に国内外でのLiveを行い、2005.06.25世界へ向けて 待望のDVDをRelease!

2006 Poland Jazz FestivalにGuest出演。
2007 Indonesia Jakarta Crossover Jazz FeativalにGuest出演他。

90年代前半より開始したHIP HOP,HOUSEのグラウンドでの活動を生かし99’渡英米後、JAZZ MUSICで踊るSTYLE =FUSION,Be-Bop,Broken=Future Jazzy Dance Styleを追求。JAZZという枠を広げ、OLD JAZZ からNEW JAZZ,NEW BOP、Broken’Beatsと個々に自由な響きを探求し身体で音を奏で、創りだす事を重点においている。クラブシーンでの活動を中心に、この先も限りなく進化していく音(Groove)に身を委ね、この時代によい影響を与え続けていければと願う。

■HASE
(Repoll:FX)

HASE/JIME/NEW-SATO/HAGEMARU-KUN/KITAM/NISSHY/DJ Tomi the Jazzy Monkからなる。2001年結成。 東京学芸大学ストリートダンスサークル 『@fter Beer』出身。 現在は、ダンサー6名・DJ1名という形で活動。日本におけるストリートダンスコンテストの最高峰『JAPAN DANCE DELIGHT』において、2006年・2008年と2度の準優勝を獲得。 その他、様々なダンスコンテストにて、優勝・3回、準優勝・5回、その他入賞・9回と、受賞多数。チームとしてはイベント出演だけでなく、日本テレビ系『スーパーチャンプル』やNHK朝の連続テレビ小説『瞳』に出演等、テレビにも進出し、有名JAZZミュージシャンとの競演等で音楽業界にも進出。2012年秋には、ドイツ・イタリア・フランスから招待を受け、ヨーロッパーツアーを行い、海外進出も果たす。現在のストリートダンスシーンにおいて「ストリートとシアターの融合」を、JAZZミュージックシーンにおいては、「DANCE MUSICとしてのJAZZ」をテーマに掲げ、新たなエンターテインメントを提案し続けるダンス&DJパフォーマンス集団。

■Tamayo
(Muitix)

2004年単身渡英した後、現地UK Jazz Danceチーム『Jazz Cotech Dancers』に加入し、ダンサーデビューを果たすという奇跡を起こす。8年間の在英中にはカムデンタウンにある老舗Jazzクラブ
“Jazz Cafe”でのマンスリーイベントを中心に、イギリス国内外のJazz Festival、クラブイベント、Showcase、セッション等に多数出演し、UK Jazz Dancerとしてのキャリアを積む。帰国後は本場のスタイルにこだわった’Jazzで踊る’文化を広めるプロジェクト『Jazz Cloud』を始動。Showcase、ダンスレッスン、イベント等を都内にて展開中。本場直系のダンサーとして格別な存在感を放っている。

■Masumi
(maestro lady)
maestro lady…maiko、masumi、kaori、akariの女性四名で構成されるdance team。Jazz/funk/latin/house/hiphop etc…心・身体に響き感じる様々な音楽をdanceで表現する。

Kohki
(Broken Beats Dancers)

Kohki+Masumi

■さっきぃ
(Yellogator)