【前編】「Dewspeak」第一弾は日本にHIPHOPカルチャーを根付かせた超重要人物 BBOY CHINO!TAKUYAが独自の目線で切り込む!

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世界最高峰のBBOY、HIPHOP集団「ROCK STEADY CREW」日本支部のメンバーとして日本にHIPHOPカルチャーを根付かせた超重要人物、レジェンドBBOY CHINO。彼のBBOYとしての数々の功績は勿論の事ながら今や伝説となったニュースクールダンサー時代「ちゃんねるず」や彼独自のダンススタイルを構成する様々な要素にTAKUYA(SYMBOL-ISM)が鋭く迫る。BBOYでなくとも全ダンサー、全表現者必見の内容!
まずは前編、HIPHOPシーン黎明期からニュースクール時代まで。

TAKUYA
まずはじめに、Dewspeak第一回目としてCHINOさんをお誘いさせて頂いた理由なんですけど、CHINOさんといえば日本のオリジナルBBOY、レジェンドBBOYの一人であると思うのですが、失礼な話何をもってレジェンドなのかって今の若手ダンサーには伝わっていない事も増えているのでは?と思いまして、何故にレジェンドなのか?、その理由が凄く重要だと思うんですよね。
「ただ古くから踊っている人ではない」という風に僕はCHINOさんの事を見ていましたし、勿論解っている人は解っていると思いますが、それを知り得ない世代の人達に自分が見てきて思うこと、プラス僕も知らないような時代の事も含めて、質問して伝えられたらなと思い、今回のインタビューに至りました。

CHINO
確かにそうだよね。今日は色々な角度で話そうね(笑)。

TAKUYA
有難うございます。
CHINOさんを初めて知ったのは、僕がダンスを始めた90年代初頭くらいでテレビというメディアを通して、「ちゃんねるず」とか「SLAM G」とかを見てでした。
つまりBBOYではなくニュースクールのダンサーとして知ったのが最初なんです。ニュージャックスウィング全盛期でしたし、おそらく当時は、CHINOさんのことをBBOYって知らなかった人は多かったのではないかと思います。
ただBBOYとして知らなかった自分でも、フロアムーブの精度が異常に高いなと思っていました。途中でドリルとか入るんですが、もうとにかくおかしいと(笑)。
なので後にBBOYということを知った時は何ら不思議ではなかったのです。

日本においてのBBOY黎明期

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TAKUYA
順序を戻すと1983年に映画「ワイルド・スタイル」が日本で公開されてその後のブレイクダンスシーンが日本で始まるじゃないですか?
CHINOさんは正確には何年に始めた世代になるんですか?

CHINO
まず正式に自分の中で始めたきっかけというのは、映画「フラッシュダンス」なのね。
「フラッシュダンス」は1983年の夏に日本で公開されたんだけど、その時に見に行ってなくて半年遅れで三本セットでやるような映画で「フラッシュダンス」を見たんだよね。
だから正確には1983年の冬にブレイキングをスタートしたことになるんだよね。

その1983年から日本のヒップホップは始まってるんだけど、中学生だったからディスコも行けないし、街中の公園でやったり学校内で同級生とバリバリ踊ってはいたんだけど、世には出れなかったんだ。。
だから初めて人前で披露したのは1984年のホコ天。
そこでCRAZY AさんとかHORIE君(SOUND CREAM STEPPERS)がいて、その流れでやってるからやり始めは1983年なんだけど、公の場に出たのは1984年になるね。

TAKUYA
CHINOさんが所属されていたチーム「B ROCK CREW」は、第二世代と呼ばれていましたよね。たったの一年の差で第二世代になってしまうのですか?

CHINO
B ROCK CREWには、俺の相棒のKOJI(ちゃんねるず)とかいるのもあって、第二世代として扱われていたんだ。けど俺個人としては、もろ第一世代なんだよね。
HORIE君にもNAOYA君(ex.ZOO)にもCRAZY Aさんにも歳は上だからタメ語ではないけど同じように接せられるというか、まあ中学生で一番下だったからついていくっていう感じだったのかな。

TAKUYA
これはさっきも言ったように、僕はニュースクールとしてCHINOさんを最初に知ったので、後にビデオを見せてもらったりして調べ直したのですが、ホコ天BBOYの中でもCHINOさんといえばパワームーブが異常で、あの時代にして技の完成度が異常に高くて、、。
例えば当時教えてくれる人がいたり海外も含めて誰かを目指していたとか具体的にあるのですか?

CHINO
その当時はみんなが知っているビデオしか出回ってないからそれしかないのね。
裏ビデオみたいのもあったんだけど、それこそSOUL TRAINのNEWYORK CITY BREAKERSとかその範囲のものでしかなくて、それらを見て想像力で膨らませて練習をしていたんだ。

今思えばだけど、その練習方法にパワームーブが凄くなっていった理由があると思う。
例えば当時だったら普通は、ウインドミルだったらウインドミル、AトラックスだったらAトラックスと単発で練習していたじゃない?
けど自分らは今日はパワームーブを10個つなげようとか20個つなげようとかそういう練習方法を当時既にやっていたんだよね。
その中にはフットワークだったりも含まれていて、失敗を失敗とせずにバンって倒れちゃった時もそこから繋げてという風に練習していたらいつの間にかそういう精度になっていったんだと思う。
そのうち数が30個とかに増えていくと技を自分で考えなきゃいけなくなってきて、気付いたら世界のBBOYを追い越しちゃった?感じだよね。
名前が付く前からやっていた技も沢山あって、それが何という技か知らず名前も知らずにやっていたんだよね。
例えばAトラックスもタブル、トリプルとやっていて、そこからトーマスにつなげたり、技名も解からない動きも30個繋げるとなるとそれらが必要になってくるからやっていた。
最終的には世界を上から見てたかもね(笑)。もちろん、それも世界に出てから気付いたんだけどね。

TAKUYA
今でこそパワームーブもフットワークもオールマイティなBBOYがスタンダードになりつつありますが、当時のシーンってフットワークはフットワーク、パワームーブはパワームーブで偏りがちな印象でした。
その中でCHINOさんはパワームーブを高い精度でこなしながらフットワーク等の小技やフローの組み立て方もこれまたかなり高い精度で習得されていた印象ですが、それらはホコ天ならではの影響とかパワームーブだけしててもダメだっていうのはあったのですか?

CHINO
勿論。
始めた時期は同じだけど自分はその当時ホコ天に集まっている中では年下じゃない?だから自然と後輩の様になっていたんだよね。
そういう意味では、HORIE君、NAOYA君はスタイリッシュに決めていたので、その二人はキーマンだったね。そして大技はCRAZY Aさんやハルオさんだったんだよね。
俺の立場だとその両方をやらなきゃいけないと勝手に思っていたからね。

実は、ROCK STEADY CREW的なスタイリッシュな内股、鍵足だったりっていうのは、HORIE君でもNAOYA君の影響でもなく自分で会得したんだよね。
これはHORIE君本人にも言っているんだけど、同世代で全く同じビデオだったりを見ているから二人が同じことを感じる事は当然なんだよね。
ただ最初に言葉として内股、鍵足などを提唱したのはNAOYA君やHORIE君かな。

TAKUYA
きっと内股、鍵足とかって本家NY RSCの人達はそんなこと考えながらやっているわけではないですよね?下手したらそんな言葉もあるとか知らないですよね。
日本ならでは、ホコ天ならではの言葉でありカルチャーと習慣ですよね。

CHINO
そうだね、本家は思ってないね。
そういう意味では本当にNAOYA君が芸術肌で今思い出しても凄いと思う。
例えばROCK STEADY CREWのスタイルがカッコいいってなって、それっぽくしようとなるまでは普通なんだけど、そこから自分のスタイルに変えていく突き出方が半端じゃなかったね。
表現からファッションまでコピーで終わらないっていうのがNAOYA君なんだよね。ニューヨークの子供をみているみたいな感覚だった。

あとはミスティックムーバーズ(MYSTIC MOVERS)っていうHORIE君のチームがあるんだけど、そのメンバーのケンジ君(CAKE-K)。
あの人が頭脳だったんだよね。CAKE-Kがいなければ、今の俺やHORIE君もNAOYA君もいないと思う。
彼がROCK STEADY CREWという素材を持ってきたりとか、オリジナルとか全ての要素を持ってきたの。あの人が持ってきて、それを理解していく事から始まっていったんだよね。

TAKUYA
凄いですね。CAKE-Kさんは相当に重要な人物だったんですね。

CHINO
日本のHIPHOP文化のキーマンだね。
ダンスだけではなくラップ、グラフィティ、何から何まで一番早いのが彼だったのね。
当時からKORGやMPCを買って、鼻毛の歌を歌ったりとかミッキーマウスの歌を歌ったりして自分で打ち込んでやっていた。勿論いとうせいこうさんとかのTINNIE PUNXもいたんだけどあの人達はパンク上がりからきたじゃない?
ヒップホップから入って初めてラップを人前でカッコよく披露したのはCAKE-Kが最初だと思う。そういう人ほど自分からはその事実を主張しないというか、そこがカッコよかったんだよね。