マドンナツアーの中身を徹底解剖!だーよしによる今だからこそ明かす世界トップのツアーとは?(前編)

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現在はTRIQSTARのリーダーとして活躍しているダンサー「だーよし」。過去に「はむつんサーブ」としてMADONNAのワールドツアーに同行したことは有名な話である。
これは恐らく日本のダンサー史上初めての快挙であり、歴史に残る偉業と言っても過言ではない。
今回はその「だーよし」が如何にMADONNAとの仕事をするに至ったのか?また、そのクラスのワールドツアーとはどのような物なのか?一つずつ紐解いてもらうべくインタビューを敢行した。

日本に居ながら、また、アメリカに移住して海外の仕事を目指すダンサーにとって非常に有益な情報だ。
それではまずは前編からお届けする。


本日はありがとうございます。本日はMADONNAツアーの全貌を語って頂けるという事で楽しみにしています。

だーよし
こちらこそよろしくお願い致します。本当に今更なんですが、僕がその昔2008年に「はむつんサーブ」としてMADONNAのワールドツアーに参加するに至った経緯、ツアー中の出来事やツーア中の日常など、経験した全部のことを紐解いて行きたいと思います。
今までこれはずっと色んな人に言われてきたことなのですが、ようやく落ち着いて喋る機会を頂いて嬉しく思っています。

ちなみに、今ではご存じない方も居るかも知れませんが、今は「TRIQSTAR」として活動していますが、2011年までは「はむつんサーブ」というダンスチームのメンバーとしても活動していました。

まず、この記事で僕が言いたいことは、「日本のダンサーは十分に世界に通用する」ということです。皆さんが知りたいであろうこともお答えしつつ、僕のどうしようもない自慢を交えて(笑)そんな感じのことを伝えることが出来ればと思っています。

それは楽しみです。今や日本のダンサーも多数名だたる世界的なアーティストの専属ダンサーを務める時代ですよね。ツアー中の待遇とか日々の生活とか、色々お聞きしてみたいです。

だーよし
はい。時間の許す限り思い出しながらお伝えしたいと思います。が、本編に行く前に、僕の心に決定的に響いた、かつ自分の想いを確信に変えてくれたストリートダンサーの言葉を紹介します。

LAのアニメーションスタイルの創始者の一人であるBOPPIN’ DRE、そしてNYはブロンクスのTWEETIEがJAPAN DANCE DELIGHTでジャッジをした時、違う年に来たのですが全く同じ内容のお話を僕らにしました。

「日本で生まれた日本人の貴方達にしか出来ないスタイルで、このスタイルにおいて貴方達はオリジネイターであり、このクリエイションこそがHIP HOPです。」と。

だからこそ僕は一番最初に教えて貰ったはむつんサーブのスタイルをかっこいいと思うことが出来たし、人と違う事をやる事にステイタスを感じる事が出来ました。
世界のショービジネスを動かす彼ら海外セレブと仕事をするには、何か明らかに人と違うことをするか、又は所謂「その道」で人より秀でるかの二択です。

大まかに言い換えれば、自分がやりたいことを成立させて誰かの目に止まるか、物凄い競争率の中這い上がって行くかということだと思います。もちろん例外も多々あるでしょうけど。

海外を目指すダンサー達はこれを見て励みになると思います。今更説明するのも…という気もしますが、はむつんサーブはオリジナルスタイルを見いだされて参加したということですね。

だーよし
そういう事だと思います。前置きはこの位にして、まずはマドンナとの仕事が決まった経緯からお話します。
それと、なにぶん2008年の事なので、微妙に事実と誤差があるかもしれませんが…その辺りの詳細はご容赦下さい。
僕、多少記憶を捻じ曲げる癖があるみたいで(笑)

PV出演、プロモツアー編

だーよし
2007年の終わりだったか、2008年の年明けだったか定かではありませんが、ある日僕の元に一通の電話がかかってきました。
ワーナーミュージックの方で、電話の内容は

「MADONNAが貴方達をyoutubeで発見して、自分のミュージックビデオに出演してくれないかという話をしています」

というものでした。
もし貴方の元に突然こんな電話がかかってきたらどうしますか?

いや…悪戯だと思いますね。

だーよし
ですよね?(笑)
当時の僕の反応は今で言う「塩対応」そのものでした。

その時期はテレビ(当時出演していた少年チャンプル、スーパーチャンプル等)で僕たちを見た大人が、いかがわしい話を持ちかけてくることも多々あったので、完全にその類の話だと思っていました。お話を訝しげに聞き電話を切った翌週か翌々週、気付いたら出演契約を済ませてロンドンに居ました。

スピード感が半端じゃないですね(笑)

だーよし
スタジオに入ると振付け師のRich & Tone(彼らはマイケル・ジャクソンの元専属ダンサーで、MSGのデビュー30周年ライブにも出演しています)、ジャスティン・ティンバーレイク、そしてマドンナが居て、順に紹介されました。
すぐにダンスに対する打ち合わせになり、あっという間に撮影が終わり、気付いたら日本に帰って来ていました。
この数日間は本当によく覚えていません。それほど目まぐるしくあっという間の出来事でした。

たしか撮影の模様が少しメイキング映像として残っています。僕のカタコト具合も見れるやつが(笑)

余談ですが、別れ際にマドンナは僕たちに「英語を話せるようになっておきなさい」と告げたようです。当時は全く英語がわからず通訳さんから聞きましたが。
今思えば、彼女はもうその時点でその後のことをプランニングしていたのかも知れませんね。

結果、そうなった訳ですからね。今お聞きしたスピード感だと、もう決めていたんだと思います。日本人として初めて彼女と仕事したダンサーとして、何か感じる事はありましたか?

だーよし
「日本人ダンサーで初めてMADONNAと仕事をした」という事実はその時は個人的にはそんなに実感が無く、自分の身に何が起きているのかよく理解出来ていませんでした。その名誉と重みを肌で感じるのはもっと時間が経ってからでしたね。

帰国後、日本でビデオの完成を待っている間、今度は僕達が出演したMADONNA feat. Justin Timberlake”4 Minutes”を含む「HARD CANDY」というアルバムの完成、ワールドツアーに先駆けたプロモーションツアーをニューヨーク、パリ、ロンドンで行うのでそれに参加して欲しいという打診があり、約3週間に渡り行って来ました。

怒涛の勢いで突入したアメリカ生活で、帰って寝るだけなのにホテルは星がたくさん付いている世界展開の某ホテル。
リハーサルはブルックリンにあるステイナー・スタジオというバカでかいスタジオで、本番そのままのセットを組んで行います。

そして、MADONNAは毎日黒塗りのエスカレードに乗って登場します。マーシャルアーツの達人であるという「米軍が誇る人間最終兵器」みたいなやつと一緒に(笑)。ちなみに、この彼は本当にいい人でした。

なるほど…人格も含めての抜擢ですね(笑)

だーよし
事前のオーディションを通過した初対面のダンサー達と会い言葉もよく分からない中リハーサルがスタートしました。
全参加者の中でオーディション無しで参加したのは僕達だけだったので、自分達のジャンル以外のことが出来無さすぎて皆びっくりしたことでしょう。

が、僕達が自分の踊りをし始めると物凄い反応でした。それなんていうステップ?それどうやるの?と。
振り付け師も「オーマイガー」状態です(笑)

絶対に海外に無いスタイルですもんね(笑)それはわかる気がします。PV出演した4minutesはライブでは4人出演していましたがどんなメンバーだったんですか?

だーよし
4minutesを踊るダンサーとして紹介されたのが、グウェン・ステファニーのHARAJUKU GIRLS等で活躍していた日系アメリカ人のJenny Kita、そして皆さんご存知のKENTO MORIです。今でも仲良くしています。

このプロモツアーでは全6曲、内2曲に参加しました。リハーサルが進んでいくにつれて衣装や演出などが決まっていきます。すぐに面食らったのが、衣装として候補に挙がっていたのはジャン・ポール・ゴルチェやジバンシー等で、その辺に無造作に掛けられています。

これも定かではないのですが、僕らのその時の衣装は確かドルチェ&ガッバーナのセットアップです。マドンナ本人がそれを見て「もうちょっとゴージャスに」とのことで、スワロフスキーのような赤い石のシートが縫い付けられました。他のダンサーもジバンシーのスーツ等、通常ではちょっとやそっとでは手が出ない洋服たちを切るわ縫うわ…
とにかくお金の使い方が半端ではありません。

スゴイですね…流石世界のMADONNAです…

だーよし
そんなこんなで決まった衣装でのランスルー等を経て、ホテルはブルックリンからマンハッタンに移り、ROSELAND BALLROOM(現在は取り壊されてしまったようです)でのショーが始まります。
そこでMV撮影やリハーサルでも会ったジャスティン・ティンバーレイクと再会します。

JT「お、久しぶりじゃん、元気?」(的なことを言われたということしか認識できていません)

D「い、い、イエースアイムファイン」

JT「PV見たぜ、ちょっとしか映ってなかったけどお前らのダンスやばかったよ!」(的なことを言われたということしか認識できていません)

D「え、あっ、サンキュースーパースター!」

JT「ハッハッハ!ユアウェルカムスーパーダンサー!今日頑張ろうぜ」

D「い、イエスイエース!」

みたいな会話をした時はさすがにシビれましたね。日本でお会いしたどんな有名アーティストよりもフランクで良い方でした。
ちなみに同い年でした(笑)。

※プロモツアーの模様はこちらから見ることが出来ます。(チャンネルに飛ぶとプロモツアーの全6曲が見れます。)

回った3カ国。ホテルは全て5つ星。
何十人ものスタッフが必ず付いてきます。

規模が半端ではありません。

そしてこのプロモツアー最後の土地であるロンドン。

おとぎ話の中のような森の中の「ザ・ヨーロッパ」なホテル。ここでのライブは大きなフェスの中の1アーティストに組み込まれている形でした。
ちなみに、USHERやNellyも出演していました。Nellyの生Must Be The Moneyは半端なかったです。(笑)

生Must Be The Moneyはヤバいですね(笑)!その写真とかは残ってないんですか?

だーよし
残ってないんです…今思うと強引にでも写真でも撮ってもらえばよかったですね(笑)

それで、その会場でのリハーサルの合間、僕たちはMADONNAダンサーの仲間や振り付け師に自分達が発売したばかりのDVDを自慢げに見せていました。
すると横で見ていたMADONNAの影武者役の女性ダンサー、この方は本人の振り付け師でもあり、ライブの前は彼女が本人の代わりに全てを演じ、MADONNA本人がショーの手直しをしたりします。その方が

「これ、MADONNA本人は見たのかしら?絶対に見せるべきだわ!」

ということだったので待ってましたとばかりにサンプルをお渡し。結果、この映像を見たMADONNAが僕たちを本番のワールドツアーに招聘することになりました。

またまた余談ですが、ここでのライブ時、演出上走ってステージに向かう部分があったのですが、いきなり走り出したので変質者と間違われ、危なくSPにノド輪落としを食らいそうになり「アイムダァンサァーーーー!!!!」の一言でギリギリステージに間に合ったのを覚えています。(笑)

確かにいきなりステージに走ってくる奴が居たらSPとしての反応はそれで正解ですね(笑)。でもちゃんと間に合って良かったです。

だーよし
はい(笑)そんなことも含め、今までの人生で経験したことの無い3週間でした。

そして各々、決して約束されたわけでは無い再会を願い、各国に帰ったのも束の間、その二ヶ月後に、残らず全員再開。半年間に及ぶワールドツアー、そのリハーサルの為にニューヨークに戻ることになります。

ここまでがMADONNAとの出会いから初めてのお仕事の経緯です。冒頭でも触れた、僕らがMADONNAのお仕事をブックした理由は「変わったことをしていたから」です。
日本に居ても彼女クラスのアーティストの目に触れることもあるということです。しかし、動画でしか見たことのないダンサーをいきなり自分のMVに呼んで出演させる器のデカさは流石ですね。

本当にその通りだと思います。では、ここからはいよいよワールドツアーのお話ですね。

だーよし
はい。まあ、今振り返ってみるとこのプロモツアーは人生最高の半年間の思い出の序章に過ぎないのですが。

後編に続く


プロモツアー中の写真を貰ったのでご紹介する。

だーよし
この四枚はニューヨークでの写真です。集合写真、ツアーバンドのドラマーのBrianと。タイムズスクエアでの写真と最後のハンバーガーは今日本にもある「Shane Shack」です。向こうでも1時間並ばないと買えません笑

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TRIQSTARのだーよしが今こそ明かすマドンナツアーの全貌(前編)
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当時のリーダーりきっちょ、KENTO MORI、映画のRIZEにも出ているクランプのHypnosysとの写真、シカゴフットワークのKing Charlesと。NYの会場のRoseland Ballroom、プロモツアー参加のダンサー達と。

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パリの街で酔っぱらいながら(笑)、ロンドンの意味のわからない噴水、ツアー中に連れて行って頂いたパーティーで、ロンドンのライブ会場にて。

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プロモツアーのお宝ショットです。ツアー2カ国目のパリにてレニー・クラヴィッツとの写真です。彼の別荘に招いて頂きました。馬鹿でかいシャンパンクーラーにドンペリがグサグサ。専属シェフがローストビーフを切り分け、フォアグラをこんがり焼いてくれます。季節も丁度良い時期だったので最高でした。この直後「LOVE REVOLUTION」と書いたサインを貰い、今ではすっかり家宝になっています。
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