金森穣のプロフィールを紹介!日本が誇るべき舞踏団Noismの実力者
魅力的な舞踊集団「Noism」の発起人であり、芸術監督を務める金森穣さんのプロフィールや経歴についてご紹介します。 動画などを交え彼の魅力を伝えていきますのでぜひご覧ください。
Noismや、金森穣という人のことを語るのは、とても難しく、とても刺激的です。語り尽くせないことは知りながらも、語りたくなるところもまた、彼らの魅力でしょうか。
私がNoismに出会ったのは 2012年3月。
「NHKバレエの饗宴2012」にて上演された『solo for 2』は、漆黒の空間に浮かびあがる金色の椅子と舞踊家の身体のみで描かれる世界でした。
美しさと、緊張感。
見たことがない凄いものを見たことに対する感動で鳥肌が立ちました。
人が、人に見えず、踊りが踊りに見えませんでした。
動いているそれは、まるで記号や音符のようで、何を読み取ればいいのかという戸惑いと、自分の概念が打ち壊されていく快感にぞわぞわしました。
そして、これを生で、目の前でみたいという渇望を、心の飢えを感じたのです。
ダイジェストの映像からでも伝わる「空気」にシビれますね。そして、きっとそこにいる人だけがもっと濃厚にその「空気」を味わえたのだろうと思うと、羨ましくてたまらない…そんな気持ちになります。
金森穣とは
生年月日:1974年11月22日 (44歳)
出身地:神奈川県横浜市
幼少よりダンサーである父・金森勢に学ぶ。生家がダンス・スタジオであるという環境で育ち、牧阿佐美バレヱ団に入団。1992年渡欧。ルードラ・ベジャール・ローザンヌ(モーリス・ベジャールが主宰するスイス・ローザンヌのダンス学校)に所属し、ベジャールに師事。1994年、オランダ・ハーグのネザーランド・ダンス・シアター(NDT)でダンサーとして活躍。1997年フランスの国立リヨン・オペラ座バレエ団。1999年スウェーデン・ヨーテボリ・バレエ団に移籍、振付を任されるなど重要な地位にあった。
帰国後、フリーランスのダンサーとして日本国内にて活動。2004年新潟市民芸術文化会館の舞踊部門芸術監督に就任。同年、日本初の劇場専属プロフェッショナル・ダンスカンパニー「Noism」を発足。現在、新潟県新潟市の新潟市民芸術文化会館を拠点に活動している。
2007年7月21日にダンサー井関佐和子(Noism1)と入籍。
2008年、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2009年夏、夫婦でunit-Cyan(ユニットシアン)という活動を開始。
2018年度毎日芸術賞を受賞。
Noismというものや、レジデンシャルカンパニーというものについて語る金森穣さんは、真摯な言葉選びで物事の本質をついています。特に、「『わからない』ということを楽しむには教養が必要だ」という一言には、深く頷いてしまいました。Noismが次々と遂げていく進化を、わからないの一言で片付けてしまうことは簡単ですが、その中に、私だけの、私が今まで得てきた教養をフルに生かした上で感じとることのできる何かを、見いだしていけばよいのではないかと思うのです。
それにしても、金森穣さんという人は、見ているだけで恐ろしさを感じるほどの天才的な作品を作りだす人だというのに、語り口が柔らかく、爽やかな印象の方ですね。作品からは少しおっかない人を想像していました。
