狂気か?革命家か?今もなお影響力を持つニジンスキーとは
バレエのみでなく、フィギュアスケート界にまで影響を与えている偉人「ニジンスキー」をご紹介します。 彼のプロフィールから経歴までをまとめてご紹介します。
1913年:ストラヴィンスキーの「春の祭典」に振付を行う
脚を内股にしたり頭を曲げたりという従来のクラシックバレエにはない動きに、初演時は場内が騒然となり、騒乱がおきた。
この頃からディアギレフとニジンスキーのあいだには亀裂が入っていたといわれている
1914年頃:南米公演の途中、ハンガリー人のバレリーナのロモラ・デ・プルスキと結婚
激怒したディアギレフによりニジンスキーと彼の妻はバレエ・リュスから解雇された
ディアギレフとニジンスキーは出会った当初から同性同士の愛人関係にあった
1915年頃:新たにバレエ団を旗揚げするが、失敗に終わる
その後、ロシア国籍であったため、第一次世界大戦中にハンガリーに拘留される
1916年:バレエ・リュスの北米ツアーのためにディアギレフに呼び戻され、「ティル・オイレンシュピーゲル」という作品を振付けたが、この頃から統合失調症の兆候が現れる
1919年:1月19日に静養先のスイスにあるホテルのホールで自らが「神との結婚」呼んだ公演を行った後、神経衰弱に陥いり、精神病院に入院する
1950年:4月8日にロンドンで死亡
まとめ
上のような経歴をみて、受け止め方は様々だろうと思います。痛ましい晩年や、ディアギレフとの関係から彼の精神や、「性」への考え方と作品を結びつける人も多いでしょう。そしてそれは、決して間違った見方ではないと思います。でも私は、ニジンスキーが今も舞台上でまだ生きていることに目をむけたいのです。失われていたニジンスキーの振付が復元され、今も様々なバレエ団で上演されていることの意味を考えることが、ニジンスキーという人物の核に近づくことになるのではないでしょうか。彼の作品には、バレエを知らない人すらもひきつけてしまうプリミティブな力が満ち溢れていると、私は思うのです。
