「ダンスがある人生」/w-inds.千葉涼平スペシャルインタビュー

20周年イヤーとなるダンスボーカルグループ「w-inds.」が14枚目となるオリジナルアルバム「20XX “We are”」を11月24日にリリースする。オリジナルアルバムとしては「100」以来、実に約3年ぶりの作品となり、2人体制になった新生w-inds.としては初めてのオリジナルアルバムだ。今回Dewsでは、アルバムリリースを記念して千葉涼平の特別インタビューをお届け。誰よりもストイックにダンスを探究し進化を続ける千葉涼平とは?

「20XX “We are”」11月24日(水)リリース!

STAFF:
本日はよろしくお願いいたします!

涼平
よろしくお願いいたします!

STAFF:
ダンス歴はどの位になりますか?

涼平
ダンスは13歳か14歳からなので22年とかですかね。

STAFF:
いちばん最初にはじめたダンスジャンルは何になるんですか?

涼平
いやー、思い返してたんですけど多分HIPHOPだと思います(笑)。

STAFF:
定かではない?(笑)

涼平
(笑)。アクターズスクールにいていろんなジャンルがいり混じっていたというか、”このジャンル!”みたいな感じでやっていたわけじゃなくて。アクターズスクールの先生がJ-POPのダンス曲に振りをつけてくれてそれを覚えて。
HIPHOPではあったと思うんですけど(笑)。いろんなジャンルには触れていたと思います。

STAFF:
ダンスを始めたきっかけは札幌のアクターズスクールになりますか?

涼平
そうですね。

STAFF:
ブレイキンのイメージが強いですが、どのタイミングでブレイキンを始めたんですか?

涼平
最初にブレイキンをはじめたのは東京に上京してきてからなので2000年とかかな。だから20年前位だと思います。

STAFF:
ブレイキンを始めるきっかけは何でしたか?

涼平
「RAVE 2001」というSAMさんがやっていたダンス番組が好きで、その中にBRONXというチームがいたんですよ。”めちゃくちゃかっこいいな。”って思ってたんですけど、そういうパワー系は苦手だったんで、痛いしやりたくないジャンルでした。
なんですけど、ずっとDA PUMPさんに憧れていて、ライブを見てすごく影響を受けたのもありますし、DA PUMPさんのバックダンサーをやっていた方が、僕がデビュー前にレッスンを受けていた先生のひとりでもあって、その方の影響もあったと思います。身近でちょっと軽いものを教えてくれたというか。
“無理だな”と思っていたものが、すごく近い存在になったのも強かったです。それから改めてBRONXの映像やDA PUMPさんのライブビデオを見て、”これやりたいな”みたいな感じでひたすらそのふたつを見て練習してたかな。
当時はYouTubeとかもなかったですしビデオの時代で映像が本当になくて。タワレコとか行ったらちょっと売ってるみたいな時代。多分DELIGHTとかは売ってるけど中身分かんないしお金もなかったんで買えなかったですね。

STAFF:
ビデオはテープがすり減るまで見るって言いますよね。

涼平
そうですね、かなり見ました。時代ですね(笑)。

STAFF:
InstagramとTwitterとでそれぞれアカウントをお持ちかと思うんですけど、正直涼平さんのInstagramを見つけるのに苦労しまして、、、

一同爆笑

STAFF:
TwitterとInstagramに違う印象を持っていて、Instagramは完全にBboyだな。と勝手に思っていました(笑)。

涼平
よく分かりましたね!(笑)

STAFF:
過去の練習動画とかがあったりでダンサーの動画保存庫みたいな(笑)。

涼平
そうなんですよ(笑)。

STAFF:
SNS上でもダンサーとのやりとりがあったりで交流も結構ありますか?

涼平
そうですね。いろんな方と交流はあるのかなっていう感じはします。最近はこういう時代なのでなかなかお会いできないですけど、昔はよく練習したりとかしてましたねいろんな方と。

STAFF:
なるほど。交流という所でいくと、、、いきなりではあるんですけど海イベってご存知ですよね?多分10年位前になると思うんですけど、涼平さんが出られていた時にそのイベント見に行ってて(笑)。

涼平
あーーーー!!(爆笑)。

STAFF:
すでにデビューもされていて私の中では”w-inds.の千葉涼平”というイメージが強かったので、ダンスイベントにも来るんだ!とすごく衝撃だったんですよ(笑)。

涼平
(笑)。S.A.SのYOSHIOくんがw-inds.のダンサーもずっとやってくれていたのもあって昔から親交があって、海イベを中心でやられているS.A.SのAKIHIROくんとも親交があったので出演を(事務所が)良しとしてくれて出させてもらいました!

STAFF
そうだったんですね!

涼平
10年は経ってないですけど結構前ですよね!
、、これは、、、修業のつもりだったというか。

STAFF
修行?!

涼平
すっごいメンタルが、、弱くて。
練習通りのものが本番で緊張するとでない感じがすっごい嫌で、毎回”こんなもんじゃないんだけどな!”って思うんですよ。経験値が少ないのかなー。と思ってやっぱりそういう場で修行したいなと。
それで友達のBboyとかと話してちょっと一緒にでない?みたいな感じでした。それこそAichi(大野愛地)くんとかとその時一緒にやってましたね。

STAFF :
なるほど。メジャーシーンでもご活躍されているなかで本当にストイックですね。
SNS上の交流のお話でいくと、TwitterでD.LEAGUEのKOSÉ 8ROCKSさんの投稿をシェアされてましたよね?

涼平
よく見てますね(笑)。Dリーグ僕見てましたよ。
KOSÉ 8ROCKSだと、一緒の舞台に出た時からNaoちゃんと親交があるので、”頑張ってほしいな”って思って結構見てますね。

STAFF:
今までブレイクダンスを辞めたいと思ったことはあったりしますか?

涼平
怪我とかそういうモードの時ですね。
怪我だから余計にやりたいっていうのが強くでてるのもあって、できない感じがしんどいというか。

STAFF:
もどかしい?

涼平
はい。その怪我が治るものだったらいいんですよ、骨折とか大体全治どれくらいです。みたいな見えてるものだったらいいんですけど。
手首やっちゃって。とかでどこの病院に行っても治る気配が見えない時期があったんですよ。そのときは結構メンタル的にやばすぎて、やめてしまいたいなっていう、、どんどん落ちていく自分を感じるみたいな。
そういう感じだったんですけど、結果的に僕バカなんで手首使わない動きをちょっと、、(笑)。ブレイキンでも手首を使わない動きはいっぱいあるんで、”色々できればいいんだ“って。今まで手首に頼りすぎてたっていうのがずっとあって、じゃぁそうじゃない動きをできるように頑張ろうって。
できない時期はもどかしいんですけど、ちょっとでき始めた時期はめちゃくちゃ楽しくて、今までやってこなかった技とか動きとかをちょっとできたその感じが最初にウインドミルをできるようになった感じの気持ちと近くて、”やべーちょー楽しい、練習行きたい”って。それが2年前くらいですね。

STAFF:
そうだったんですね。やはり探究心が強いですよね。

涼平
いやいやいやいや(笑)。

STAFF:
切り替え方がすごい。

涼平
切り替え方がバカですよね(笑)。

STAFF:
いえいえ、素晴らしいです!
スタイルは歳を重ねるごとに変わってきていると思いますが、ブレイクダンスを辞める時はいつだろう。とか考えたりしますか?

涼平
よく考えてます。
いつまで、、こんなこと続けてるんだろう。って(笑)。
別にダンスを否定するとかじゃなくて、この追求してる感じをいつまで俺はやってんだろうなー。と思いつつ。
でも身近に植木豪さんっていうとんでもない先輩がいて、身体しんどいとは言えないなーっていう(笑)。いまだにあの人は新技とかやってるんですよ。しかもちょっと危険な動きとかにいく人なんで、それがすごいなって思って。ボーンブレイクとかあの年齢で攻めようとは思わないじゃないですか?けどそれをフレッシュに頑張ってるメンバーに引けを取らずにチャレンジしてる姿とかを見てると、、、、

STAFF:
まだやれる?(笑)

涼平
はい(笑)。俺もまだいけます。やりますみたいな(笑)。

STAFF:
となるとまだまだ続けられそうですね。

涼平
そうですね。そう思わせてくれる人たちが周りにいるというか。

STAFF:
環境も素晴らしいですね。



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