「今は人やカルチャーのために踊る。欲を乗り越えた時に結果はついてくる。」/【FINALIST INTERVIEW oSaam編】マイナビDANCE ALIVE HERO’S 2022 FINAL

KENTARO!!さんに師事していたという記事を拝見したのですが、KENTARO!!さんとの出会った経緯やエピソードなどがあれば教えてください

初めてKENTARO!!を見たのが、復活ダンス甲子園という番組で、テレビに映ったKENTARO!!という、当時15歳で僕と同い年の少年がかっこよく見えました。それが自分がダンスを始めたきっかけと言ってもいい位です。それから海外のダンスを見たり、いろんな刺激を受けて、彼のことは記憶の奥に忘れていました。RAVE2001が放送されていた時期に東京に下宿していて、クラブで彼を見かけました。その時、ダンスを始めたての頃に見て衝撃を受けた人だ!と記憶が蘇ってきました。声をかけて、実際にダンスは習ったことないんですけど、勝手に師匠という存在にして3〜4年追いかけていました(笑)。2000年頃だったと思いますが、彼がLOCKIN’ONというチームで活動していた時期、彼のやっていたダンス、編集、ファッション、音楽、サイジング、活動すべてに影響されていました。それから人の真似をしている自分が嫌になって、自分と向き合っていくようになりましたが今でも憧れのすごい人だと思います。意外と言われますが、僕が初めて入ったチームはロックのチームでした。なんでもいいから踊らせて!と友達伝いに入れてもらいました。思い返すと楽しかったですね。ジャンルなどがあるのも知らなくて、ダンスを真似して学校で見せて、という時代でした。それがロックというジャンルだと分かったのは後のことでしたね。他にもJAZZをやっていた時期もあるんですが、それも今になって自分のダンスに活きているなと思いますね。

奈良をレペゼンされてると聞きましたが、地元シーンへの想いなどありますか?

一番近くにいる人には一番(いろんなことを)伝えたいなと思っています。東京や大阪と比べ、奈良はシーンとしてはかなり小さいです。僕はレッスンをしているだけで、関わる人も限られるんですが、その分イベントをして交流を深めていて、今の奈良は濃い人間が少なからずいる地域だと思っています。
自分が生まれ育ったところだから好き、という理由しかないですし、前まで「奈良です!」「奈良のために!」とアピールし続けていた時期もありました。固執しすぎてもよくないなと気づき最近はマイペースに関わっていくようにしています。どこの地域もしがらみがあると思いますが、自分が先輩としてしがらみになりたくない、後輩を囲うのではなく、羽をつけてあげたいと思うようになりましたね。

関連記事