「次の世代へ繋ぎ、日本のダンスシーンのヤバさを世界へ発信し続けたい!!」/【FINALIST INTERVIEW TAKESABURO編】マイナビDANCE ALIVE HERO’S 2022 FINAL

2ジャンルで実績を上げてきたダンサーは珍しいと思うのですが、踊っている時の気持ちの違いなどありますか?

俺らの世代では珍しかっただけで、特に気持ちてきに意識してることはないですね。XXX-LARGEもSODEEPもやりたくて続けてこれただけだし、自分の持ち武器がHIPHOPとHOUSEの2つというシンプルな理由ですね。
SODEEPも25年、XXXLも20年経ったので気付いてみれば年月経ってました。

初期のアライブと今のアライブで違いを感じることはありますか?

予選の時にジャッジして思ったのは、あの頃と比べてバトルイベントが増えてきた分、参加してる個々のダンサーのエナジーが減っているように感じます。以前は優勝を狙えるハイレベルなダンサーとまだそこに達していないやつらがその時だけ現場で交われて、参加している全員がその場の空気を共有して熱気があるように感じていましたが、今の子達はドライなのか自分が負けると一気に熱量がダウンし、勝ち上がっているやつらにパワーを送ってやろう!みたいなテンションが弱いんじゃないかなと。イベントはその場にいるみんなでつくっていくものなので、勝ち上がっているやつらのリスペクトの気持ちは忘れちゃダメですね。

ダンサー人口が増えてきた分、色々なスタンスのダンサーが増えたのでしょうか。

若い世代はダンス始めた頃から勝ち負けを競い続けてきたから仕方ない部分はあると思います。逆に俺達の世代はアライブが始まるまで公の場で勝ち負けが決まる大きなバトルイベントなんて存在せず、コンテストが主流でしたからね。それまではクラブで踊りあったり、お互いのShow見て自分達の感覚で勝ち負けを決めていた時代。ジャッジがいて人が勝ち負けを決めるというバトルというシステムはアライブができるまでブレイキン以外ほぼ日本では存在しなかったと思います。自分はアライブが始まった初年度と3年目にFINALにチャレンジして、それから2015年に再度参戦するまで長い間バトルシーンから離れていましたね。

2015年に優勝した時のエピソードなどはありますか?

アライブ優勝は今でも覚えています。絶対に負けたくないというモチベーションで各地の予選に挑み、名古屋予選に出て、深夜METHがやってるSNAFFで踊って、そのまま北海道予選にも出たし、CHARISMAXの大阪にも出ましたね。当時誰も勝てる人がいないと言われていた鉄人中の鉄人、ALMAのHIROさんがBEST8の初戦相手で、130%でぶつかって運よく勝てたのは嬉しかったですね。スタジオの子ども達や生徒もたくさんセコンドから応援してくれてたので気合い入りました。RYO君(RYOakaDJ226/SYMBOL-ISM)とは2015で決勝で当たりましたが、今年はお互いシードダンサーとして出場するので、決勝で会いましょう!という気持ちです。

関連記事