追悼:坂見誠二〜ダンスの神様が伝えたかったこと〜第4回目「SAM」

「ダンスの神様」こと故・坂見誠二氏の功績を追うため、ゆかりのダンサー/関係者たちにインタビューをしていくシリーズ「ダンスの神様が伝えたかったこと」

第4回目は、誠二から直接ダンス指導を受け、TRFでメジャーシーンで活躍し続ける「SAM」の登場だ!

インタビュー&テキスト:石原ヒサヨシダンスク!

坂見誠二同様、ダンサーの地位を向上させた人物といえば、SAM

1990年代、メガヒットグループ「TRF」のメンバーにダンサーとして在籍し、多くのメディアやステージで、ダンサーのカッコ良さを体現してくれた。

それだけでなく、東方神起をはじめとする振り付けやステージ演出、近年ではダンスを使った健康寿命伸長プロジェクト「ダレデモダンス」を主宰する。

そのキャリアが華々しいメジャーシーンにあるだけに想像できないところもあるが、SAMは実は誠二とは縁が深く、Be Bop Crewの東京支部「東京Be Bop Crew」のメンバーというキャリアも持つ、生粋のストリートダンサーだったのだ。

誠二のサポート基金活動や訃報に際しても自身のSNSでいち早く情報を発信しており、実は筆者もそこで誠二の病状を知った一人である。

誠二くんの教え方はとにかくわかりやすい

医者の家系に生まれながらも高校生でダンスに目覚めたSAMは、卒業後に家出同然で上京し、1982年頃からいくつかのダンスグループで活動。全国のディスコをツアーで回っている頃に、ある映像を観たという。

「俺が若い頃はまだダンスの情報が全然なくて、九州にすごいダンサーがいるっていう噂は聞いていたんだ。画質の悪い映像だったこともあって、外人かと思うぐらいカッコ良くて。それがBe Bop CrewのYOSHI-BOWさんであり、誠二くんだった」

1984年頃にはSAMはBe Bop Crewのメンバーと対面し、「東京Be Bop Crew」結成の許諾を得て、彼らの正統派スタイルを継承した。

「当時は東京にはロックダンスがなくて、俺も初めてYOSHI-BOWさんや誠二くんに教わった。それまでリズムとかグルーヴもわからずに見様見真似で踊っていたから、その教え方の細かさやアップ&ダウンとかの概念があることに驚いたね。特にブレイクダウンとかよく練習したなぁ。誠二くんの教え方はとにかく丁寧でわかりやすいんだよね。よく研究して、分析して、正確に伝える。ロックダンスをちゃんと習ったという意味では誠二くんが一番かもしれない」

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