マイケル・ジャクソンの名言を厳選!そのバックボーンまで解説!

2009年の死後、いまだに世界中に熱狂的なファンを持ち続けるマイケル・ジャクソン。そんな彼は歌詞やスピーチなど様々な場所で数多くの心に残る言葉を残してきました。今回はその中から厳選し、その背景にまで言及していきたいと思います!


魔法×戦士 マジマジョピュアーズ!

そもそもマイケル・ジャクソンってどんな人?

マイケル・ジャクソンは、アメリカ合衆国のエンターテイナー、シンガーソングライター、ダンサー。4人の兄弟と「ジャクソン5」を結成し、わずか11歳でデビューしました。その後ジャクソン5と並行してソロ活動も始めました。アルバム、シングル、ビデオの総売り上げ枚数は10億枚を超え「キング・オブ・ポップ」と称されています。2009年の死後いまだに世界中に熱狂的なファンをもつ唯一無二のアーティストです。

マイケル・ジャクソンの名言をまとめてみたい

「僕の大きな願いの1つはただシンプルに、世界を幸せに、そして平和にすることなんだ。」
“One of the main ones would be, as simple as making the whole world happy and world peace.”

マイケルは世界中に学校を建設したいという思いから様々な活動をしており、日本ユネスコに協力するなど精力的に活動をしていた。そのような行動の根本にはこの言葉のような強い思いがあふれている。1987年に行われた初の単独世界ツアー「バッド・ワールド・ツアー」に際して、東京のホテルでオーストラリアのテレビ局のロングインタビューに応じた。その時の最後の質問である「ひとつ願いがかなうなら?」という問いに対してマイケルが答えたのがこの言葉。

「変えていくことができるのは、みんながひとつになった時だけ。」
“Let us realize that a change can only come when we stand together as one”

1984年にアフリカで大飢饉が発生し、エチオピアだけでも100万人以上が餓死したと言われている。そのような飢饉から人々を救うために作られたのがかの有名な『We Are The World』。この言葉はその一節に登場する。

「国から国へ、世界は手をとりあわなくてはならないんだ。」
“Nation to nation all the world must come together”

1991年に発表されたアルバム『Dangerous』の収録曲『Jam』の歌詞より。この時期は長きにわたって続いた冷戦の終結や、第一次湾岸戦争の勃発といった社会背景があり、ゆえにことさら世界平和を訴えたものと思われる。その後1992年に行われたコンサートは世界61か国に生中継され、平和を訴える数多くのメッセージが世界中に発信された。

「こんな時にこそ、、お互いが必要となるのです。僕たちは助け合いの精神で結束しなければなりません。」
“In times like these, we need each other… we must bond together in spirit and in service.”

2004年末にスマトラ沖大地震が発生した。それに対してマイケルは翌年、世界中の人たちに手を差し伸べようと訴える声明文を発表した。この言葉はその中で発せられたものである。

「僕はほかに何を与えられるだろうか?」
“What more can I give?”

1999年に韓国とドイツで行われたチャリティーコンサートのメインテーマ。当時の南アフリカ大統領ネルソン・マンデラと”与えること”というコンセプトについて話し合ったときにこの言葉を思いついたという。その後2001年の同時多発テロに対するチャリティソングのタイトルにもなっている。

  
「僕はブラック・アメリカンだ。自分が黒人であることに誇りを持っている。」 
“I’m a black American, I am proud of my race.”

アメリカのトーク番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』にライブインタビューで出演したときに発せられた言葉。以前より「尋常性白斑」という病気により肌が白くなってきていたマイケルについて「黒人であることへの劣等感から漂白したのではないか」という憶測がとびかっていたが、それに対してむしろマイケルは「誇りを持っている」と語る。

「僕たちもクジャクのように、すべての人種をひとつにしていきたい。音楽という愛を通じて。」
“We, like the peacock try to integrate all the races into one through the love of music.”

1978年リリースのジャクソンズのアルバム『デスティニー』の背面に、クジャクの絵とともに記されている。クジャクにはあらゆる色が溶け込んでいるからこそ美しく、同様にして全人種の融合を音楽と言う愛を通じてマイケルは望んでいた。

「愛されていると知りながら世に生まれ、愛されていると知りながら世を去るならその間のことはすべて乗り越えられるのです。」
“If you enter this world knowing you are loved and you leave this world knowing the same, then everything that happen in between can be dealet with.”

オックスフォード大学で2001年に行われたスピーチでの発言。1987年の「バッド・ワールド・ツアー」が始まる頃にあるきっかけで出会った末期がんの少年がいた。マイケルは彼にジャケットや手袋を手渡し、ツアーで再び訪れる時にそれらを着用した姿を見せてほしいと話した。それは彼に希望を与えることで少しでも長生きしてほしかったからである。結局のちに訪れた時にはすでに少年は亡くなっていたものの、マイケルは、「自分が愛されている」と実感することが意識の始まりで重要であるという考えを持っていた。この思想をもとにマイケルはのちに「ヒール・ザ・キッズ」という活動を始める。

「世界を癒やすには、まず我々の子どもたちを癒やすことから始めなくてはなりません。」
“To heal the world, we must start by healing our children.”

『ヒール・ザ・ワールド』発表の翌年1992年に行われたプレス・カンファレンスでの発言。マイケルは『ヒール・ザ・ワールド基金』を創設し、旧ユーゴスラビア紛争の渦中の子どもたちへの支援を行った。

「世界最高の教育とは、達人たちの仕事を垣間見ること。」
“The greatest education in the world is watching the masters at work.”

『ムーンウォーク マイケル・ジャクソン自伝』より。マイケルは幼き頃よりジェームス・ブラウンやジャッキー・ウィルソンを非常に近くから観ることができ、彼らのパフォーマンスに魅了されるだけでなくそこから多くを学び取ったと語っている。その他にも様々なエンターテインメント作品から影響を受けたという。このような経験を積んだ彼だからこその考えだろう。

「彼女は僕にとって母、恋人、そして姉をひとつにしたようなすばらしい人だった。」
“She was my mother, my lover, and my sister all combined in one amazing person.”

同じく上記の自伝で語られたもので、「彼女」はダイアナ・ロスを指している。マイケルとは彼が10歳の時に知り合って以来の縁で(ダイアナは24歳、マイケルの14歳年上)、のちにデュエットを組んだり、また「ウィー・アー・ザ・ワールド」で共演したりしている。マイケルは恋心を寄せていたとも何でも話せる仲だとも語っており、遺言状には親族を差し置いてダイアナを莫大な遺産管理について指名するほどであった。結局、マイケルは約40年にわたって彼女を愛していたのである。

「どうして僕の靴下は両足とも同じ色じゃないとダメなの?同じじゃなきゃダメなんて、誰が言ったの?」
“Why do my socks have to match? Who ever said they have to match?”

『The King of Style: Dressing Michael Jackson』より。マイケルはステージ衣装に強いこだわりを持っており、いかに自らを魅力的に演出するかを考えていた。そこに世間一般の常識と合うかどうかは関係がなく、むしろそれまでかっこ悪いと考えられていた様々なスタイルがマイケルによってファンに浸透することもあった。

「僕は、大人たちが自分の中に潜む子どもの心を取り戻せるような仕事がしたいんだ。」
“I want my work to help people rediscover the child that’s hiding in them.”

マイケルの著した『ダンシング・ザ・ドリーム』からの言葉。『スムーズ・クリミナル』で行われる、アンチ・グラビティと呼ばれるななめ立ちの演出のように、観ている者を子どものようにわくわくさせるような仕掛けが彼の作品にはちりばめられている。彼はピーターパンに憧れていたとたびたび言われており、ゆえに子どもの心を喚起しようとしたのかもしれない。

「この瞬間は君のものだ。すべての観客のまなざしを自分自身に集めてほしい。」
“It’s Your Moment. Draw all the audience’s attenion to You!”

マイケルのバックダンサーを務めた日本人のユーコ・スミダ・ジャクソンに対して「デンジャラス・ワールド・ツアー」のリハーサル中にかけたのがこの言葉である。マイケルとのアドリブシーンが来るとき、彼女はマイケルの動きに対して身体が硬直することもあったそうだ。そんな中マイケルはこの言葉をかけ、それにより彼女は余計な重みが一気に消え、心からほっとしたという。マイケルは一人一人が最高のものを生み出すことに向かって進めることを望んでいたのだろう。

「”偏見”は”無知”である。」
“Prejudice is ignorance”

ショートフィルム『ブラック・オア・ホワイト』は、この言葉を残して終了する。マイケルは整形や肌の脱色などについて、エスカレートするゴシップ報道にさいなまれていた。その人自身を知ろうとせずに、ただ変わっているという偏見だけで排除しようとする世間に対するメッセージだと言えるだろう。

「恥ずかしがらないで!今ここから始まるんです!」
“Don’t be shy! Do it! It starts now!”

2002年、マイケルは当時自らが名誉ディレクターを務めていたサッカークラブの本拠地であるセント・ジェームズ・パークに突如現れた。そこで彼は観衆に対して、左右にいる人と手を繋ぎ「あなたが好きです」と言うようにこの言葉を織り交ぜながら呼びかけた。人種差別やそこに潜む偏見を止めるためには”互いを愛すること”が大切だと考えてのスピーチであった。

まとめ

いかがだったでしょうか?マイケルは人種差別や戦争、環境破壊などに対して問題意識を抱き、また実際に行動してきました。最後の名言にあるように、それらを解決するためには小さなことでも一人一人が行動することが大切だと考えていたのだと思います。今改めてマイケル・ジャクソンの音楽を聴いてみてはいかがでしょうか。彼の言葉に触れた後では、また違った聴こえ方になるかもしれません。

参考:『マイケル・ジャクソンの言葉』アースデイwithマイケル編著(扶桑社)

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