イタリアのヒップホップシーンの先駆者 Bboy Maurizioのダンスのルーツ

Bboyとして30年以上のキャリアを持ち、イタリアのヒップホップシーンを牽引し続ける先駆者でもあるBboy Maurizioのダンスのルーツとは。


2018年8/3(日)、さいたまスーパーアリーナにて開催されたソロダンスバトルの世界大会「DANCE ALIVE WORLD CUP 2018」。
世界屈指のダンサーと豪華LDHアーティストが登場し、ダンス一色で大いに盛り上がりを見せた。
そんな「DANCE ALIVE WORLD CUP 2018」に集った海外ダンサーにショートインタビューを実施。
知られざる海外著名ダンサーのルーツから日本のダンスシーンについてなど、彼らのダンスヒストリー聞き出す貴重な機会となった。
今回は、 Bboyとして30年以上のキャリアを持ち、イタリアのヒップホップシーンを牽引し、先駆者でもあるBboy Maurizioが登場。

——-自己紹介をお願いします。——-
やあみんな。The NEXT One a.k.a. Maurizioだ。俺はイタリアのB-BOYのパイオニアで、DJでもあり、音楽プロデューサーだ。そして”Double Trouble”down with 7Gemzというデュオのメンバーであり、Gang Starr Foundation、UZNのメンバーだ。

——-なぜ?そしていつダンスを始めたのですか?現在のスタイルになった経緯なども教えてください。——-
俺がヒップホップカルチャーに足を踏み入れたのは1984年位かな。とっても強くアート性のあるインパクトを俺に与えた。音楽性やヴィジュアル性、全てのムーブメントとたくさんのスタイルさ。

——-あなたのダンスにおいて影響を与えた人や物等を教えて下さい。——-
俺が影響を受けたのはニューヨークのパイオニア達で、Wild StyleやBeat Streetなどに出ていた人間達だ。
俺のB-Boyのスタイルはダンスとは違った畑からも構成されていて、ブルース・リーや格闘技などからも影響を受けている。
小さい頃は柔道家を目指していたし、マーベルのスーパーヒーローや日本のアニメにも影響を受けた。

——-あなたのダンス人生の中で良かったこと、そして良くなかったことを教えて下さい。——-
いくつもの素敵な話があるけど…俺が経験した一つの素晴らしい体験は、1985年の夏、俺がダンスで世界を旅するようになり、クールな奴らと会うようになり、音楽にも没頭していた辺りの頃、違う世界に足を踏み入れた時のことだ。夢が叶ったんだ。
一番良くなかったことはダンスセッションの中で互いのスタイルが離れて行ってしまったことかな。俺はこの美しいカルチャーの応援者で、全てを愛しているんだ。

——-日本のダンサーやダンスシーンについてどう思いますか?——-
俺は常に日本のダンスコミュニティーをとてもリスペクトしているよ。楽しむことを愛しているし、音楽によって自分を楽しませることが出来ていると思う。とっても良いことだよね。楽しんで俺たちのカルチャーの全ての側面に感謝し、スタイルやフォームを大事にするんだ。日本の友人たちに大きなリスペクトを!

——-今後の展望を教えて下さい。——-
俺はもう既に35年もこの世界にどっぷり浸かっている。俺の経験したことをシェアしたり教えたりして旅して世界を回ること、世界中の才能の助けになること、そしてアーティストとして、俺の音楽やDJのスキルを押し上げて行きたいね。
そして俺のB-Boyとしての評判が常に最前線にあるように。
今こそ俺が様々なところから得た経験を世界中に披露する時なんだ。
One L.O.V.E M.(マルシオより愛を込めて)

Bboy Maurizio

長年に渡り、イタリアのHip-Hopシーンを牽引し続ける先駆者。Bboyとして30年以上のキャリアを持ち、同時に音楽プロデューサーやDJも務める。1990年代、Bboyの伝説のクルー、Rock Steady Crewとして最初のHip-Hopミュージカルでワールドツアーを行う。彼のBboyとしての功績は世界中で広く認められ、そして尊敬されている。間違いなく今を生きる伝説のBboyだ!