独創的な発想で確立したロシアの伝説的バレエ団「バレエリュス」を解説

ロシア出身の天才芸術プロデューサーであるセルゲイ・ディアギレフが設立したバレエ団「バレエ・リュス」についてバレエ経験者が解説します。伝説的バレエ団と呼ばれる由縁から実際の映像までまとめて紹介しますのでぜひご覧ください。


ロシア出身の芸術プロデューサー、セルゲイ・ディアギレフ(1872年 – 1929年)が主宰したバレエ団「バレエ・リュス」をご存知ですか?1900年代のバレエ界、バレエ界に留まらず芸術界に大きな衝撃を与え芸術革命をもたらしたといわれています。バレエ・リュスでのディアギレフは「天才を見つける天才」を発揮して多くの芸術家を作品スタッフとして動員し「総合芸術としてのバレエ」という、これまでになかった芸術スタイルを確立したのでした。

「バレエリュス」とは?

バレエ・リュスは、1909年から1929年までヨーロッパと南北アメリカで公演活動を行ったバレエ団です。設立者はセルゲイ・ディアギレフ(1872年 – 1929年)です。バレエ・リュスのために制作された多くの作品は100年を経て今なお世界中のバレエ団の重要なレパートリーになっています。最近では新国立劇場バレエ団が上演していることで知られていました。バレエリュスの有名な作品として「火の鳥」「春の祭典」「韃靼人の踊り」などがあります。ロシア出身のセルジェ・ディアギレフですが皮肉なことに1900年代の革命が混乱させたロシアでは一度も公演が上演されることはありませんでした。

多くの芸術を残した「バレエリュス」の軌跡

セルゲイ・ディアギレフは突如現れたロシア出身の芸術天才プロデューサーでありますが、彼自身には絵画や作曲、バレエの振り付けの才能が全くなかったといわれています。しかし美術雑誌「芸術世界」の創設者の一人でもあり、イギリスとドイツの水彩画家、スカンジナヴィアとロシアの画家たちの展覧会を主催するなど多彩稀な芸術界の天才を発掘する才能を持っていました。 バレエ・リュスの舞台に参加した芸術家には当時の前衛芸術家たちが多数参加しており、台本を書いたコクトー、作曲家のストラヴィンスキー、プロコフィエフ、画家ではピカソ、ローランサン、ルオー、マチス、衣装デザイナーにココ・シャネル、レオン・バクストらなど錚々たるメンバーが携わり、総合芸術が結集したバレエの舞台ともいえるのがバレエ・リュスでした。ディアギレフは、数多くのバレエダンサーや振付家を育成するとともに美術、文学、演劇、音楽、バレエの融合を目指していたといいます。

「バレエリュス」の映像

火の鳥

振り付けは「瀕死の白鳥」「レ・シルフィード」を手がけたロシアのミハイル・フォーキンです。バレエ作品の主役の女性は姫や可憐なキャラクターが主流であったのに対してバレエ・リュスの火の鳥はとても力強く美しい魔力を持ったヒロインとして踊られています。あの日本の漫画家手塚治虫の漫画「火の鳥」をご存知ですか?バレエ「火の鳥」を観て火の鳥を演じたバレリーナの魅力に心を奪われた事があの漫画を描くきかっけとなったそうです。

春の祭典

バレエ・リュスで上演するためにストラヴィンスキーが作曲したバレエ音楽です。不協和音と変拍子が大胆に盛り込まれた、非常に複雑な楽曲として知られています。振付は、神の道化・ニジンスキーが担当しました。従来のバレエの振付や衣装とはうって違ったものとなり当時の観客には理解されず大パニックに陥ったとのことです。「春の祭典」は多くの振付家が手掛けてきましたが、20世紀最大の振付家、モーリスベジャールが振付した「春の祭典」が1959年に上演され彼の出世作となりました。

モーリスベジャール版の「春の祭典」

韃靼人の踊り

当時のバレエ界ではバレエの華は当然女性ダンサーでした。そのような中でこの作品は男性ダンサーの力強い群舞と東洋的な雰囲気で観客を圧倒したといいます。バレエ・リュスは多くの演目で男性ダンサーに活躍の場を与え、その技術と地位の向上に貢献しました。今日では日本でも数々のバレエ団が改訂・オリジナルアレンジをして上演しています。

さいごに

1920年代からはバレエ・リュスの地位を脅かすバレエ団も登場し、後期のバレエ・リュスは「知的にすぎる」「あまりに近代的である」とみなされ成功も一筋縄ではいかなくなりますがセルゲイ・ディアギレフ死去後まで新しいバレエスタイルで公演を続けました。彼は日本の歌川広重や葛飾北斎を美術雑誌「芸術世界」で紹介したこともありました。バレエ界に留まらない芸術に対して優れた目を持ったディアギレフ自身の人物像がとてもおもしろいです。今日でこそ華やかな衣装・メイクをつけないバレエやコンテンポラリーに近いクラシカルな表現の振付、宗教性や神秘性を醸す振付のバレエを見ることも珍しくはありませんが当時のバレエ界にとって大きな反響であったことは想像に難くないですね。バレエ・リュスの存在は今日のモダンバレエの礎となりました。

WRITER
MIHO