実は生きてる説も?今も噂の絶えない伝説のラッパー2パックを紹介

ラッパー2パック(2pac)のプロフィールと彼にまつわる話をまとめてご紹介します! 死後の方がアルバムリリースが多かったりと、神格化され続けるレジェンドの実態とは…?


死してなお周期的にその名前が話題に上がり、現在も伝説的な存在としてコアなファンもロックし続けているラッパー、2パックをご紹介いたします。生前の活躍と、死後巻き起こる彼の噂話を探っていきましょう。

2パックとは

1971年ニューヨーク、マンハッタンのハーレム出身。本名はTupac Amaru Shakur。後にロサンゼルスへ移住し、後にウエストサイドを代表するラッパーとなります。映画『ジュース』などでの俳優としても有名な人物でした。

少年期はブロンクスやボルチモアなどを渡り住み、91年には”デジタルアンダーグラウンド”の一員としてデビューしたのがキャリアの始まりとなります。その後『2Pacalypse Now』でソロデビュー、続く92年の2ndアルバム『Strictly 4 My N.I.G.G.A.Z…』ではプラチナディスクを獲得し、ラッパーとしての滑り出しは好調。また、服役中にリリースとなった3rdアルバム『Me Against the World』をベストアルバムと評価する方もいるようです。
その後も「California Love」、「2 of Amerikaz Most Wanted」、「How Do U Want It」など名曲が連なる名盤『All Eyez on Me』のリリースなどによって、絶大な人気ぶりを博した人物です。

こうした楽曲リリースの裏側では、当時は仲の良かったとされているバッドボーイレコードのビギー(Notorious B.I.G)やパフィ(Sean Combs)の待つスタジオのビル内で銃撃を受け、それと様々な要因が重なり、ヒップホップの歴史上最悪の事件”東西抗争”へと発展。その中心人物ともなっています。
この抗争の行く末はあまりにも有名ですが、1996年9月7日にラスベガスで銃撃を受け25歳という短い生涯を終える結果となっています。

死後も未発表音源、ライブアルバムやリミックスアルバムのリリースなど、生前以上に彼の音楽は神格化されています。
また、楽曲の権利はラッパーのエミネムや、ナズのレーベルなどに渡っているようです。

2パックの名曲たち

feat Dr.Dre – California Love HD

Hit ‘Em Up

Dear Mama

Ghetto Gospel

Ambitionz az a ridah

2パックの伝記映画『オール・アイズ・オン・ミー』

2017年の暮れに、伝説の男2パックの人生を描いた映画『オール・アイズ・オン・ミー』が公開されました。2パック役を演じた”ディミートリアス・シップ・Jr”は激似とも話題にあがる程の忠実ぶりです。劇中では2パックの人間性や音楽に対する思いなどを知ることができ、感情移入もしやすい内容となっています。
また、「2パックを知らない人間でも楽しめる内容になっている」といった類のレビューも多くみられるので、手放しでご覧になってみてもいいかもしれません。

2パックの母親アフェニ・シャクール

2パックの母アフェニ・シャクールは、黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開していた政治組織”ブラックパンサー党”の一員としても有名でした。60年代のブラックナショナリズムの運動と、これによる容疑によって逮捕され、そのさ中に身ごもっていたのが2パックでした。
始めこそ麻薬の依存をやめることができない母親との喧嘩は絶えなかったと聞きますが、名曲「Dear Mama」のリリックでは「母のような女性はこの世に存在しない」という一文があり、最終的にはどれだけ2パックが彼女を尊敬し、インスパイアされていたかが分かります。
2パックの死後数年は彼の未発表音源のリリースなどに尽力し、ヒップホップ界への貢献度も高い人物です。尚、彼女は2016年3月に亡くなられています。