これで丸わかり!バレエの歴史から種類、重要人物まで徹底解説!

バレエというのは複雑で、格式高いものだというイメージから、遠ざかってしまっている人は多いかもしれません。確かに長い歴史があり、はっきり定義できない部分も多いのですが、できるだけわかりやすく説明してみました。


「人間ほど醜いものはないと、憂鬱にとざされることがしばしばである。ただ舞踊が辛うじてその醜さを救っていると云えようか。」と述べた川端康成は、日本にまだ伝来したばかりのバレエに注目し、バレエを愛した文豪でもありました。ノーベル文学賞を受賞したほどの文豪をそれほどまでに惹きつけるバレエとはどのようなものなのでしょうか。

バレエとは

バレエは、西ヨーロッパで発生し広まった、歌詞・台詞を伴わない舞台舞踏または、その作品を構成する個々のダンスのことです。音楽伴奏・舞台装置を伴いながらダンスによって物語を表現し、複数の幕をもつ舞踊劇が多いのですが、20世紀以降には物語性を否定する作品も生まれました。短い小品でありながら優れた物語性をもつものもあり、「言葉を使わずに音楽とともに身体で表現する舞踏」がバレエだと定義することはできそうです。

バレエの歴史

ルネッサンス期のイタリアで、宮廷の余興として生まれたものがバレエの起源だと言われています。詩の朗読、演劇の一部として生まれたバロ(Ballo)と呼ばれるダンスは、今のバレエとは程遠いのですが、「身体を使って表現する」という部分がバレエとの共通点といえそうです。そしてこのBalloがイタリア、フィレンツェのメディチ家からフランス王室に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスによりバレッティ(Balletti)としてフランスにもたらされ、かのルイ14世にバレエとしての基礎を形作られていくのです。
ルイ14世がいかにバレエを形作ったのかは以下の記事をご覧ください。

バレエの種類

一口にバレエと言っても実は様々に派生しており「バレエ」といってもどれのこと?などと言われると混乱してしまいますよね。
ダンスの歴史の中でどういう経緯があったのか、どうして派生していったのかをこちらではかいつまんでご説明いたします。正確を期すると混乱してしまうというより、おそらく、「正確」や「正解」はこの命題にはないのです。最大公約数としての概念をご説明いたしますので、あとは実際の舞踏を見て、あなたがどう感じるかを大切にしてください。

クラシック・バレエ

こちらが、多くの人の思い浮かべる「バレエ」に近いかもしれません。     
ロシアで飛躍的に発展し、厳格なワガノワ・メソッドに基づいた技法を踏襲して振り付け、踊られたダンス・クラシックのことを「クラシックバレエ」と呼ぶと考えるのが最も端的です。有名な振り付け家のマリウス・プティパ(次の項目でご紹介します)はフランス人ですが、19世紀にロシアを訪れて次々と作品を生み出しました。今は「クラシックバレエといえばロシア」という認識は薄れていますが、かつてはロシア一強で、ロシアの厳格なメソッドを守ってこそクラシックバレエだったのです。今はミラノのスカラ座、パリのオペラ座、イギリスのロイヤルバレエ…と美しいクラシックバレエを実現しているバレエ団は世界中にあり、ロシア一強のかつてとは全く違う様相を呈しています。

厳格なメソッドに基づいた動きは本当に美しいですね。

詳しい種類を知らなくても、「白鳥の湖」からはクラシカルな美しさを感じます。

モダン・バレエ

    
ロシアで発展したクラシック・バレエに対抗するかのように同じロシア人によってバレエ・リュスが誕生します。この20世紀初頭に世界最強のバレエ団となった集団の演目は、古代エジプトやギリシアなどに題材を取り、かつてクラシックバレエが思いつきもしなかった斬新でエキゾチックなテーマでパリにセンセーションを巻き起こします。モダン・バレエは、端的に言ってしまえば「クラシックバレエへの反抗」です。ただし、単なる反抗ではすまされない美しさがあったので、パブロワやニジンスキー、マシーン、バランシンなどの素晴らしいダンサーを抱え、音楽はラフマニノフ、リムスキイ・コルサコブやストラビンスキー、ドビュッシー、エリック・サティなどが担当し、舞台美術はピカソ、マチス、シャガールが担当していたのです。台本がジャン・コクトーだったこともあったとか!これだけのビッグネームが並ぶと、モダン・バレエがいかにパワーを持っていたのかがわかりますね。

確かに、クラシックバレエへの挑戦のようにも見えますね。
現在はモダン・バレエというとモーリス・ベジャールやローラン・プティ、フォーサイス、などの作品を指すことが多く、彼らは形式的なバレエを打ち砕き、独自の世界を創造して行きました。

美麗でも技術的制限のあるクラシック・バレエと違い、人間の体を使った最大限の表現と技術を駆使して行くことが根底の理念となっている・・・とよくわかる作品ですね。「ボレロ」は、人間の肉体が持つ美しさを思い知らせてくれます。

コンテンポラリー・ダンス

ローザンヌバレエコンクールなどでも審査対象となっているコンテンポラリーダンスは、モダン・ダンスのドラマ性を否定して、更に強烈なエネルギーの発露を求める傾向にあると言われています。音楽も多種多様になり、ハイテク技術の導入も関連してきているので「コンテンポラリーダンスとは何か」という定義は、近年ますます難しくなってきています。

日本人の優勝!というニュースとともに、こちらの映像を目にしたことのある方は多いでしょう。これがコンテンポラリーダンスです。どんなものなのか・・・を言葉で説明するのが難しいということは、この映像を見るとよくわかって頂けるかもしれませんね。

世界のバレエ界重要人物

ルイ14世

バレエの基礎を作った人です。詳しくは歴史について述べたページをご覧くださいね。

マリウス・プティパ

チャイコフスキーの音楽による「眠れる森の美女」、「くるみ割り人形」、「白鳥の湖」や、レオン・ミンクスの音楽による「ドン・キホーテ」などを振付し、台本を書いた人物。自身もフランスのバレエダンサーだったことから、ダンサーが美しく見えるような振付を考え出したと言われています。

ピョートル・チャイコフスキー

ロシアの作曲家。三大バレエと呼ばれる「眠れる森の美女」、「くるみ割り人形」、「白鳥の湖」の作曲を手がけました。

日本バレエ界重要人物

アンナ・パヴロワ

日本で初めてバレエを踊り、日本の人々を魅了したバレエダンサー。谷崎潤一郎、川端康成、武者小路実篤らが彼女に夢中になり、バレエというものの素晴らしさを様々な場所で謳いあげたといわれています。彼女がいなければ、日本にバレエというものは持ち込まれなかったかもしれません。

エリアナ・パヴロワ

鎌倉の七里ガ浜に我が国初のバレエ専門の教室を開設した人物。門下生達と共にエリアナ・パブロワ・バレエ団を結成し、各地を巡業して好評を得ました。このバレエ団の中から服部智恵子や貝谷八百子、橘秋子といった我が国バレエの第一歩を飾った数多くの人々が輩出されました。

橘秋子

前述のエリアナにバレエを習い、その後東京都公認橘バレエ学園を設立、愛娘牧阿佐美、大原永子、森下洋子、岡本佳津子、早川恵美子等、戦後我が国を代表するダンサーを続々と育て上げた人物。それら優秀な人材を持って橘バレエ団(現牧阿佐美バレエ団)を1959年に結成し、海外バレエ団との交流による本格的な古典作品公演を行うのみならず精力的に創作作品を発表した。彼女によって「日本人にしかできないバレエ」が確立されたといえるかもしれませんね。

そんな、橘秋子氏の名のついた賞を受賞するダンサーは名だたるダンサーばかり!

まとめ

バレエという深淵をのぞきこんでしまったあなたは、もう、後にひくことはできません。もっともっと知りたい!という気持ちの赴くままにバレエと名の付くものに手当たり次第に触れてみてください!