【ダンサー × ミズノ社員】会社員でありながらROCK STEADY CREWとして活躍するBBOY 2ucci


今年で創業111年目を迎え、長きに渡りスポーツ業界を支えてきた総合スポーツメーカーミズノ。
多くの一流スポーツ選手に愛されてきた当企業には、ヒップホップカルチャーの発展に多大な貢献をもたらしているNYを中心とするワールドワイドなヒップホップクルー“ROCK STEADY CREW”の日本人メンバーが所属している。
そんなミズノ社員の名前は土屋 亮二、BBOY 2ucciだ。
現在38歳を迎えた彼は、大学卒業後、会社員を続けながらも、BBOYとしての活動やイベントの主催などを行い、2016年にROCK STEADY CREWのリーダークレイジー・レッグス(Crazy Legs)に直々にメンバーとして認められたという。
また、現在ミズノでは新たにダンス向けの商品の取扱いが始まっている。
今回Dewでは、彼のダンスの始まりからROCK STEADY CREWへの加入、そしてダンス向け商品についてなど様々に話を伺った。
いつものダンサーインタビューとはまた違った視点で語る今までにないインタビューなので是非とも一読いただきたい。
 

BBOY ミズノ社員のダンスのルーツ


STAFF
本日はインタビューよろしくお願いします。
2ucciさんはスポーツメーカーミズノの社員でありながら、2016年よりNYのクルーROCK STEADY CREWに加入していますよね。
本日はその経緯や2ucciさんのダンスのルーツから現在に至るまでをお聞かせいただきたく思います。

2ucci
よろしくお願いします。

STAFF
そもそもダンスをはじめたのは何がきっかけですか?

2ucci
高校三年生のときに友達から「DANCE DELIGHT(以下ディライト)」のビデオを借りたんです。
当時、ちょうど学校でヒップホップ自体が流行っているというか、まわりが始めていた時期で、DJをやる人からMC、グラフィティーなどみんなそれぞれ始めていたんです。学校かばんにはタグを書いたりしてましたね。
そこで、友達が「ダンスやらない?」と声掛けてくれてビデオを貸してくれました。
最初はなんだかよくわからず見てみたら、ダンサーがステージで踊っていて、なによりぐっときたのはジェイムズ・ブラウン(JAMES BROWN)の音楽でした。

STAFF
ダンスではなくまず音楽なんですね。

2ucci
ジェイムズ・ブラウンで踊っているダンスがすごくカッコよく見えました。

STAFF
それはいつぐらいのディライトですか?

2ucci
たしか1996年とかですね。
CO-IN LOCKERSが優勝した年です。

STAFF
なるほど。

2ucci
元々中学校から硬式テニスを頑張っていて、中学ではある程度強かったのですが、高校は結果も残らなくなっていたんです。
テニスって自分との闘いみたいな意識が当時の自分には非常に強くて、団体戦の時は仲間の応援があったり楽しい面もあるけど、個人戦だととにかく一人を感じるスポーツだったんです。
そこにダンスというものがポンと出てきて、踊ることで人に何かの影響を与えるという様な見えないパワーの伝達をしている部分に興味を持ちました。
ちなみにそのディライトに審査員として来日していたのがROCK STEADY CREWでした。

STAFF
そこがROCK STEADY CREWとの最初の出会いなんですね。

2ucci
クレイジー・レッグス(Crazy Legs)、ケン・スウィフト(ken swift)、ミスター・ウィグルス(Mr. Wiggles)、MASAMIさんの4人でゲストショーをやっていて、そのショーがダンスじゃなくて彼らのラップで始まって、踊り始めたら今度はスプレー缶がでてきて、ステージでプシューッって噴射してグラフィティの仕草をするんです。

STAFF
今でこそヒップホップカルチャーとわかりますが、最初は意味がわかんないですよね。

2ucci
ともかく衝撃的だったし、これは何が言いたいんだろうみたいなことで興味をそそられるし、純粋に観てかっこいいなと思いました。
そしてまず、一番初めに始めたのは友人もやっていたロックダンスで、数か月後かに文化祭で初めてショーをやりました。ちょうど20年前くらいですね(笑)。
高校の学園祭で、「まったりクラブ」っていう出し物を開いたんです。