「ダンスシーンを豊かにするために」 KATSU1 & Hamdi スペシャル対談 前編


劇場版 七つの大罪 天空の囚われ人

ストリートダンスをキーワードに活動するダンスカンパニー/ダンサーのアジア域内での交流と共同制作を支援するプロジェクト「ダンス・ダンス・アジア~クロッシング・ザ・ムーヴメンツ~」通称DDA
3月24、25日には東京公演が行われ、いよいよの開催となる。

今回Dewsでは、同団体のWEBサイトにて行われている企画「TALK LIKE DANCING! ―オドルヲカタル!―」と連動し、豪華ダンサーのインタビュー記事の一部掲載がスタート。

第3回は特別編として、ダンス・ダンス・アジア東京公演で演出・振付を務めるハムディ・ファバス氏とブレイクダンスのスペシャリストで、ワールドワイドに活動するダンサーKATSU1氏が対談形式で語り合う。

前編では世界の貧困問題とダンス、ダンサーの地位向上、そして、ブレイクダンスのユースオリンピック正式種目化について、ダンス・ダンス・アジア東京公演で『Soul Train』を発表するハムディ・ファバス氏と、日本を代表するブレイクダンサーで、現在は株式会社を立ち上げ、世界の貧困支援にも取り組むKATSU1氏に語り合ってもらった。

ハムディ
KATSU1さんと初めて会ったのはシンガポールでしたよね。

KATSU1
そうそう。シンガポールで行われている「SCAPE RF Jam (https://www.radikalforzejam.com/aboutus/)」という大会には、東南アジアからいろいろなチームが集まるんですけど、ハムディとはそこで出会って。

ハムディ
初めて会ったときに、KATSU1さんがストリートダンスシーンに大きな影響を与えている人だと聞いて、ぜひ話をしたいと思って挨拶しました。第一印象はとても謙虚で面白い方。それ以来、ずっとリスペクトしています。

KATSU1
僕はハムディの先輩ダンサーと、同じチームでクルーメイトだったんです。だから、彼からインドネシアにダンスコミュニティがあることは聞いていましたが、「SCAPE RF Jam」を訪れ、ハムディを含めインドネシアのダンサーが大勢いることに驚きました。クルーメイトだったダンサーもシーンに影響力のある人だったので、ジャカルタで彼らのプロジェクトに参加したこともあります。

ハムディ
その後もKATSU1さんとは、東南アジアの大会で何度も顔を合わせています。

KATSU1
あとは、SNSでやりとりしているよね。

——-KATSU1さんは国内、海外を問わずに活躍されていますね。——-

KATSU1
僕はダンスは大学の4年間だけにして、教師になろうと思っていました。でも、4年の間にダンスで叶えたい夢が10個くらいあったんですが、それが確か半分くらいしか達成できていなかったのかな? それで「このままでは就職できないぞ」と思って、ダンスを続けました。その後、残りの目標を達成して次にどうしようかと考えたときに、ダンスとは別に海外に住むという夢があったので、30歳のときにオーストラリアに移住したんです。

ハムディ
海外に移住したいと思ったのはなぜだったんですか?

KATSU1
それまで西洋にカッコいいイメージを抱いていたけど、海外を回ってみると「いや、日本のほうがカッコいいぞ」と思えた。それでダンスを一切取り払い、KATSU1ではなく石川勝之としてどれだけ通用するか試したくなったんですね。ただ、オーストラリアでも審査員や講師の依頼があってダンスとの縁は途切れなかった。だったら職業「B-Boy」としてオーストラリアで認められ永住権を取りたいと思ってトライしたら実現できたので、日本に帰ってきたんです。その後、フィリピンやベトナムで、厳しい環境に置かれた子供たちと接する機会があって「その子たちを助けたい、どうすればいいんだろう」と思ったときに、やっぱりお金が必要だと思いました。

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KATSU1(カツワン)

BBOYとして「FREESTYLE SESSION USA」優勝、日本人初となる「R16」世界大会のショー部門とバトル部門をダブル優勝などの実績を有し、SOLO BATTLE「Red Bull BC One」世界大会 in ニューヨークや「BATTLE OF THE YEAR」世界大会 inフランス で、現役のBBOYとしては日本人初のゲストジャッジを務める。2010年に活動拠点を日本からオーストラリアへ移し、2013年にオーストラリア永住権を取得。同年にストリートダンスの文化、ストリート文化の発展を目指し「株式会社IAM」を設立。

Hamdi Fabas(ハムディ・ファバス)

ダンサー、振付家。オーストラリアで育つ。インドネシアを代表するダンス・アイコン。4年6ヶ月の間にインドネシアで大人気を博した2つのTV番組で審査員を務める。1997年よりアーバン・ダンス文化とエンタテインメント業界のサポートを開始。2003年にインドネシア初のダンスコミュニティ、Bboy Indonesia(Bboyindo)を設立。2011年にはFabas ART Dance Productionsを、「P.H.A.T crew」のSabina Jacinthaとともに立ち上げる。また、自身のクリエイティブな活動と並行して、MintZ Nge-DanZe GokilZの審査員を務めるなど、インドネシアのダンスの発展と青少年の育成にも力を注いでいる。

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