東京ゲゲゲイのMIKEYって一体何者!?プロフィールから経歴まで徹底解説

東京ゲゲゲイのリーダーMIKEY(マイキー)こと牧宗孝。 ストリートダンスを軸に独創的な世界観で新感覚なパフォーマンスを生み出す唯一無二のダンサーとして人気を得ているが、その実は一体何者なのか?プロフィールから現在の活躍までを徹底解説します。


僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ~2人の英雄~

加藤ミリヤ、BoA、Crystal Kay、MISIAらの振付・バックダンサーとして活躍し、カリスマ性と独自の世界観を放つMIKEY(マイキー)こと牧宗孝。
自身が率いる奇天烈メンタルワールド「東京ゲゲゲイ」は、動画、演劇、ライブと様々な手法で見るものに刺激を与えてきました。
おそらく東京ゲゲゲイを結成後から知っているという方も多いと思いますので、当記事ではプロフィールから紹介していきます。

MIKEYのプロフィール

本名は、牧宗孝(まきむねたか)。
東京都立川出身で、1983年3月生まれ(現在34歳)です。
ダンスを始めたきっかけは、幼少期のお正月に親戚が集まっている場でお母さんのワンピースを着て、中森明菜や中山美穂の曲で歌って踊ったのがきっかけと語っています。
その後、日本舞踊を少しだけやり、中学生にマイケル・ジャクソンやジャネット・ジャクソンの真似をして、家でこっそりヒップホップを踊ったりしてたところからストリートダンスの方向に進んでいったそうです。

MIKEYのルーツはカリスマ的人気チーム東京★キッズ

2005年、きゃりーぱみゅぱみゅの振り付けを手がけている女性ダンサーMAIKOとの東京★キッズというダンスチーム結成をきっかけにダンスシーンで脚光を浴びました。
意外と知らない方が多いですが初期のメンバーの中には、世界を魅了する人気ダンスチームs**t kingzのkazukiやshoji、RADIO FISHのShow-heyなども在籍していました。

現在活動は、休止しているようですが、昨年ワークショップという形で約10年前ぶりに当時の振り付けを披露しました。

東京ゲゲゲイはどうやって生まれた?

2013年、当時放送されていたダンス番組『DANCE@TV』のダンスコンテスト企画「DANCE@HERO」に挑戦するため、MIKEYが自身の生徒たちの中から選抜してグループを結成。
インパクト抜群のダンスショーで歴代最高点を叩き出し、優勝しました。

ここからは、東京ゲゲゲイがどのように人気になっていったのかを説明します。

「日本ゲゲゲイ連合」でダンスシーン以外からも注目

「DANCE@HERO」以降、ダンスシーンを超えて話題となったのは、2014年、当時人気を博していたお笑い芸人日本エレキテル連合をパロディした「日本ゲゲゲイ連合」。
流行りのお笑いをキレッキレの踊りと独自の世界観で表現した動画は、瞬く間に拡散され、ダンサー以外にも東京ゲゲゲイの名を知らしめる大きなきっかけとなりました。

さらにバズったゲゲゲイの鬼太郎

“2枚目のシングルが売れるアーティストは売れ続ける”という言葉を聞いたことがありますが、このチームも立て続けに作品をバズらせました。
水木 しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」をパロディした「ゲゲゲイの鬼太郎」は2週間で300万回再生を超え、現在では、1600万回再生とものすごい拡散をみせています。

過去には歌手を目指してレコード会社にも所属

現在ダンスチームの枠をこえて、歌付きのライブパフォーマンスを披露していますが、実は彼は19歳の頃に歌手を目指しレコード会社に所属していたこともあるそうです。
半年でやめてしまったそうですが、そこでボイストレーニングの経験も積んでいます。

ゲイは公表済み

チーム名でもゲゲゲイとあるように、自分がゲイであることをオープンにしています。
時には彼氏らしき方とのラブラブな写真や動画をSNSでアップしたりもしていました(現在個人アカウントは削除済み)。

すっぴん姿も話題に


MIKEYはSNSなどでも度々すっぴん姿をアップしており、以前に化粧をしている自分と男性の姿の自分を二枚絵でのせたリップシンク動画をアップし、「キレイ!」「かっこいい!」「どっちもみとれてしまう」と話題を呼んだ。

作品づくりについて

MIKEYは作品づくりについて、とあるインタビューで「排出物のように吐き出したいことをダンス、歌に投影させるときもあれば、プロデューサーなどに向けて媚を売るときもあるし、その時によって毎回変わる。」と語っています。
媚を売るやギャラや待遇をよくしていきたいなど、綺麗事を言わずに包み隠さない発言をするところも人気を得ている要因の一つでしょう。

現在SNSアカウントは削除状態

SNS上でも絶大な人気だったMIKEYですが、現在SNSアカウントは削除されてしまっています。
少し過激な発言などもありましたが、毎回ものすごい拡散力を持っていました。

この記事をシェアする