マイケル・ジョーダンが11年ぶりの来日。30周年を記念して、エアジョーダンシリーズの歴史と種類をまとめてみた

ナイキジャパンがマイケル・ジョーダンの来日及びジョーダンブランド30周年記念イベントの開催を発表。 そしてなんとマイケル・ジョーダンが来日するのは、11年ぶりとのこと。 今回、Dewsでは彼の来日とジョーダンブランド30周年を記念してジョーダンシリーズの歴史と種類をまとめてみました。


魔法×戦士 マジマジョピュアーズ!

ナイキジャパンがマイケル・ジョーダンの来日及びジョーダンブランド30周年記念イベントの開催を発表。
30周年を記念したイベント「MUSEUM 23 TOKYO」は、10月16日(金)~18日(日)の3日間、東京都現代美術館で開催されるようです。
そしてなんとマイケル・ジョーダンが来日するのは、11年ぶりとのこと。まだいつどこで彼が現れるかは未発表ですがバスケファン、ジョーダンファンなら是非とも生でお目にかかりたいですよね。
今回、Dewsでは彼の来日とジョーダンブランド30周年を記念してジョーダンシリーズの歴史と種類をまとめてみました。
今履いているジョーダンがどのシリーズで、いつ生まれたかなど、知らない方も多いのでは?
ダンサーも愛用者の多いジョーダンブランドを歴史からおさらいしていきます。

そもそもエア・ジョーダン(Air Jordan)とは?
ストリートでは欠かせないブランドでもあるエア・ジョーダン(Air Jordan)。その名前のルーツを知っていますか?

エア・ジョーダン(Air Jordan)は、スポーツ用品メーカーのナイキ社から発売されているバスケットシューズ。名称中の「エア」は同社が有するソール用のエアクッション技術を用いた運動靴シリーズであることを意味し、シリーズ名としての「ジョーダン」はNBA選手マイケル・ジョーダンとのコラボレーションであることを意味している。また、マイケル・ジョーダンのニックネームがもともと“エア”であった(ジャンプの滞空時間が長かったことによる)ことともかけている。略称「AJ」。
引用 : wikipedia

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この有名なジョーダンマーク、もちろんマイケルジョーダンのダンク姿をモチーフとして作られているのはいうまでもありませんね。

そもそものそもそもにマイケルジョーダンとは?
あのジョーダンとはいってますが、そもそものそもそもにバスケに興味がない人はマイケルジョーダンの活躍自体知らないかもしれないですね。

Michael_Jordan_in_2014マイケル・ジェフリー・ジョーダン(Michael Jeffrey Jordan, 1963年2月17日 – )は、アメリカ合衆国の元バスケットボール選手。NBAのシカゴ・ブルズ、ワシントン・ウィザーズでプレーした。その実績からバスケットボールの神様とも評される[1]。
15年間に亘る選手生活で得点王10回、年間最多得点11回、平均得点は30.12点でNBA歴代1位、通算得点は32,292点で歴代4位。1990年代にシカゴ・ブルズを6度の優勝に導き、5度のシーズンMVP、6度のNBAファイナルMVP受賞。また、1984年のロサンゼルスオリンピックと、1992年のバルセロナオリンピックにおいてアメリカ代表(ドリームチーム)の一員として2度にわたり金メダルを獲得した。現役時代の背番号23はシカゴ・ブルズ、マイアミ・ヒート、ノースカロライナ大学の永久欠番。1996年、NBA50周年を記念したNBA50周年記念オールタイムチームの一人に選出。2009年にはバスケットボール殿堂入りした。
引用 : wikipedia

いわゆるバスケの神、サッカーでいうペレ、ダンスでいう坂見誠二といえばわかりやすいですね。YouTubeなどが主流となった現代でも彼の現役時代の活躍をまとめたものが神動画としてアップされていますね。

確かに凄い・・・。実績以外にもプレーの華やかさや、スター性がずば抜けてたというのも神と崇められる要因の1つですね。

マイケルジョーダンからエアジョーダンが生まれた経緯

オリンピック金メダルなど数々の記録をたたき出してきたマイケル・ジョーダン。
当時まだバスケに参入できていなかったNIKE(ナイキ)は、ジョーダン獲得に躍起になり、「年間50万ドル(約5000万円)の5年契約」という当時の破格オファーを提示し、ジョーダンにも「新人王獲得」「オールスター出場」「1試合20得点以上を平均」という並のプレイヤーならかなりのプレッシャーとなる条件をつけて契約。
それをいとも簡単に成し遂げ、ジョーダン1が誕生したということです。
驚くことに、この当時、NBAでは「エア・ジョーダン1」はユニフォームとの色合いにそぐわない、という理由で禁止されており、当時の金額で毎試合ごとに5000ドル支払わなければならなかったそうです。もちろん全てNIKEがバックアップして支払っていたとのことですが。
そこからというもののジョーダンの人気は爆発し、不動のバスケシューズとして定着していきます。

一体どのような種類があるのか?ジョーダンが引退してから現在までで23シリーズを順番にまとめてみました。

Air Jordan 1
1
1984年発売。ハイカットとローカットの2種類があり、デザインは当時同時期に発売されていた、「ダンク」や「ビッグナイキ」等の他モデルと非常に近い意匠を持つ(実際にソールは酷似している)。 踝の部分にバスケットボールと翼を組み合わせた「ウイングロゴ」を持つ(ローカットはかかと部分)が、前述の通り「ウイングロゴ」はAJ3以降姿を消し、ジャンプマンがあしらわれることになる。
引用 : wikipedia

Air Jordan 2
2
1987年発売。オリジナルはシリーズ唯一のイタリア製。また、ハイカットとローカットが発売されたものの、オリジナル発売時にはカラーバリエーションが2色のみとAJ1に比べ極端に少なく、黒ベースのモデルは発売されなかった事もシリーズで唯一である。
復刻の度に話題になる一桁台のモデルにおいて、日本ではあまり人気がない。
引用 : wikipedia

Air Jordan 3
3
1988年発売。ミッドカットのみの展開。前述の通り、初めてシュータン部分にジャンプマンロゴが採用された。前年に発売されたランニングシューズ、「エア・マックス」の影響を受けて、ヒール部分に搭載されたエアがミッドソールから露出したのが特徴。
引用 : wikipedia

Air Jordan 4
4
1989年発売。ミッドカットのみの展開。シュータン部にジャンプマンとともに「Flight」のロゴが入るが、これはAJ2・3の販売不振から、同年に展開されたガードプレイヤー向けシューズ、「エア・フライト」のシリーズにAJを組み込むことが検討されたためである。実際にソールは「エア・フライト」と共通。
シューズの補強や軽量化、サポート力向上のため、プラスチックやメッシュなどの異素材を目に見える形で積極的に採用した。これにより、AJ4は先進的なシューズとして受け入れられ、再びAJは単独のシリーズとして歩むことになる。
引用 : wikipedia

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