[第二弾] 日本を代表するトップB-BOY!TEAM G-SHOCKのTAISUKE & ISSEIにスペシャルインタビュー!TAISUKE編

R16、Red Bull Bc Oneなど数々の世界大会で実績を残す日本を代表するB-BOY TAISUKEとISSEI。この二人、実績、影響力をみても間違いなく日本を代表するB-BOYといえるだろう。今回、Dewsではそんな二人にスペシャルインタビューを敢行。


R16、Red Bull Bc Oneなど数々の世界大会で実績を残す日本を代表するB-BOY TAISUKEとISSEI。この二人、実績、影響力をみても間違いなく日本を代表するB-BOYといえるだろう。
そんな彼らの共通点は、TEAM G-SHOCKとして個人的にダンサーとしてG-SHOCKからスポンサードされているということ。
TEAM G-SHOCKとはSURF、SKATE BOARD、BMXなど数々のトップアスリート達をサポートしており、そのDANCEのカテゴリーの中にこの二人が名を連ねているのだ。
今回、Dewsではそんな二人にスペシャルインタビューを敢行。ISSEI編、TAISUKE編、対談編と三回に分けて掲載!トップダンサー達の素顔やスポンサードに至るまで、数々の質問を投げかけているのでお見逃しなく!
第二弾はTAISUKE編!

STAFF
本日は、よろしくお願い致します。では、たくさん聞かれていると思いますが、TAISUKEさんのダンスをはじめたきっかけについてお聞かせ頂ければと思います。

TAISUKE
何回も聞かれたので、自分で調べてください(笑)。でも、一応、説明します(笑)。

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1997年に自分の姉がダンスをやっているときに、誘われてついていったのが、はじめたきっかけです。当時、そこにダンスを教える先生はいなくて、ダンスサークルの様なもので、アクターズスクールなどが流行っているときですかね。そのときは、”ダンスとは女の子のもの”、というイメージがありました。いわゆる歌って踊れる芸能人志望の子達が多かったので、ダンスをやりたいという人達が自動的に集まるような場所になってました。そこに行きはじめて、1年後に先生として、Cool CrewのMARさんが来たのがはじめての出会いですね。

当時、そこにいる人達はほとんど女子だったんだけど、2名だけ男がいたのですが、それが僕とTOSHIKIという。MARさんがクルクルまわってるのを2人でみて、それやりたい、これやりたい、なって色々と教えて頂きました。MARさんのはじめての生徒が俺らでしたよ。

STAFF
そうなんですね。
DANCE DELIGHTをはじめ、Cool Crew Jrとして、活躍などされてましたが、はじめてからどのくらいで実績を残していくようになりましたか?

TAISUKE
はじめてすぐにイベントに出る事があって、そこからはトントン拍子でした。長崎市で開催してたショーケースに出演して、その年にRAVEにでて、決勝で特別賞もらって、次の年にJAPAN DANCE DELIGHTで特別賞もらって、2000年のJAPAN DANCE DELIGHTで準優勝、2001年にTEAM OHHで優勝、そのまま世界大会で準優勝して、というところからどんどんいきましたね。

STAFF
そうだったんですね。確かにトントン拍子ですね。それに、ビッグイベントでの活躍が目立ちますね。
シーンのトップに居続けているTAISUKEさんですが、挫折などはありませんでしたか?

TAISUKE
何回もありますよ。ダンスを辞めたい。と、思うことは結構多かったです。学校行って、練習して、の繰り返しだったので、友達と遊べず、普段みんなが遊んでるときもずっと練習です。

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夏祭りでみんなが遊んでるときに、自分はダンスをしてて、ショーケースに出る側だったり、ダンスがあり周りになじめずに、ダンスって楽しくないな、と感じるときも時たまありましたね。それと、シーンの流れについていけないこともありました。

2001年以降、2002年、2003年、2004年と続いていろんなBBOYがぽんぽんとでてきたと思います。Mortal Combatや、いまの黄金世代と言われる世代の人達。長崎の佐世保で活動していたので、環境的に、自分達が思っていることがちょっと遅れていることが多く、シーンの流れについていけなかったというのもあります。九州で一番ダンスシーンが根付いていた、福岡でも、東京大阪に比べると流行がくることが遅かったので。

でも、その時に、辞めたいと思っても辞めれない環境がつづきました。世界で準優勝したことで、テレビなどの取材も多く、イベント出演も多かったですね。多い時で1年に100回程出演などしました。小学校6年から中学生にかけては、意外とイベント多かったですよ。

STAFF
そうだったんですね。その世代でいくと、同世代の子達は恋とか、うわつく感じがありますよね?

TAISUKE
僕はそういうのなかったですよ。恋もうわつく感じもなかったです。でも、それが原因でダンスを辞めたい、とかはなかったです。逆に遊べないとか、ついていけない、やらされてる感とか、変な気持ちがありました。小学生でそれをやってたツケが中学生でそれがまわってきた感じですね。もっと遊んでおけばよかったなど。

STAFF
なるほどですね。では、TAISUKEさんの思うダンスの良いところを教えてください。

TAISUKE
環境がよくなったところだと思います。それが一番大きいと感じますよ。情報量も多いし、イベントの数も多いです。海外いく人間も海外にいきやすくなったというのもありますね。練習環境というのも、地域地域でちょっとずつ違いはあると思いますが、全体的にダンサー同士が、高め合える場所が増えてますね。BBOYも昔に比べると本当に増えてるのも環境がよくなったからだと思います。

STAFF
確かに、インターネットが当たり前になって、情報取得なども非常に楽になりましたね。
昔から付き合ってきたダンスですが、自分にとってのダンスとはどのような存在ですか?

TAISUKE
自分の中のオンオフが付けれるものです。普段はオフで、踊っているときがオンですね。普通の会社で働いている人でいうならば、オフは家庭にいるとき、オンは仕事をしているとき。そのイメージです。オンオフがあって、一番自分の力を発揮できるところがそこです。宝物のようなものですかね。宝物は言い過ぎかもですが。

STAFF
ありがとうございます。輝ける場所ですかね。現在、多くの企業にサポートされている中で、G-SHOCKがあり、TEAM G-SHOCKとして活動されておりますが、活動をしている中で感じたことなどございますか?

TAISUKE
素直にアングラのシーンにフォーカスして、BBOYというアングラな人間に話しをもってきてくれたこと。そこに目を向けてくれたところ。そこがG-SHOCKのすごくいいところでもあると思います。普通の企業には無い視点だとも感じます。

時計がどうとかでは無く、そのシーンに目を向けて頂いたことが素晴らしいと思います。それが、ダンスだけじゃなくて、BMXなどもありますし。ありがたいことだと思っています。

STAFF
そのTEAM G-SHOCKとして活動していて、何か変わったことなどありますか?

TAISUKE
人からの見方が変わりましたね。今まで、BBOY個人にスポンサーがついたことはなかったと思うので。もし、僕以前にいたとしても誰も知らないなど、表には出てなかったかと。その契約を意外に早くやったと思っています。アングラシーンに1つ夢を与えることができた。とも感じてます。

日本が世界に誇る時計で、日本が誇る人間を、商品を提供することで、その存在をみせることで、良い認知が広がってますね。一般の人からしても、ダンサーってここまできたんだ、すごいね、と、思える場が増えたのかと。テレビとはまた別の感じで、違ったカタチでちゃんとサポートして、そこがバックアップしてるよ、というのがカタチ上でみえることによって、自分達の後輩だったり、若い子達があそこに入りたいとか、あそこに目をつけられたいとか、それがプロなんだ、という環境をつくれたことがスゴく良い事だし、重要なことだと感じてます。

STAFF
契約までは、どういった経緯があったのですか?