全国ツアー直前!WEBERのダンス担当J、little Skeetに独占インタビュー!


STAFF
今のlittle Skeetの由来は、そこから来てるんですね。

little Skeet
はい。
それでWEBERってグループができて、「ダンサーネームないの?」って社長から聞かれた時に、
そういえば小さい頃こんなことありましたって話したら「すごいじゃん!それでいきなよ。」って勧めてもらってlittle Skeetで活動する事にしました。だんだんその名前が重く感じてきているので、名前に負けないように今は必死に頑張ってます(笑)!

そのチームは小学校でもう解散しちゃって、中学校にはいってからはソロで活動することが多くて、九州のバトルにはちょくちょく出場してたぐらいで大きなタイトルとかは特にとっていないです。

STAFF
そうなんですね。小さかったとはいえ、ダンサーとしては衝撃的な出来事ですね。
J君のチャンプルーの出演時代の話も聞きたいと思っていて。
人気番組の少年チャンプルーに出てたのはいつごろですか?

J
中3ですね。

STAFF
どうやって出演したんですか?

J
元々、少年チャンプルーをみてて「でたい!」ってみんなで言っていて。そんな時にチャンプルーのイベントが名古屋でも開催されて、僕らは地元ダンサーで出てたんですよ。トップバッターで盛り上げて、これで何かを残せたら番組に呼ばれるんじゃないかってそう期待してたんですけど、全然呼ばれなくて・・・(笑)。

そしたら少年チャンプルーが終わっちゃったのですが、それからスーパーチャンプルーになって収録が名古屋になったんですよ。
この時たまたま中京テレビのダンスコンテストをやってて、もしかしてそれに勝ったら出れるんじゃねーかってまた思いついて、その大会で優勝しました。しばらくは、音沙汰なかったんですけど、当時高校生のダンサーがあんまりいなくて出してみようみたいな話しになったらしく、ようやく出れたって感じです。

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STAFF
自分たちから積極的にアプローチしていったんですね。
「DANCE ATTACK!!」も出てましたよね?

J
「DANCE ATTACK!!」は中1からでてました。中3の時に特別賞もらって、高校生からまた負け続けて。3人にやってようやく夏に優勝出来ました。

その夏の世代にちょうどみんな出たんですよ。東京のSPA!ッちゅとかDATもいるしDEVILもいるし。僕らも三人になってチャンプルーでてて、名前はみんなに知ってもらってるけど、タイトルだけもってなくて。それが嫌だったんです。
この夏優勝すれば、みんなに追い付けるんじゃないかってがむしゃらに頑張ってよくやく優勝したのが夏の「DANCE ATTACK!!」です。

STAFF
KoRockも15周年というだけあって、歴史ありますね。
そこから現在所属している事務所のプランチャイムに入った流れについて、元々はパパイヤ鈴木さんとも繋がりがあったんですか?

J
僕はチャンプルーのイベントとかにでてて、ゲストダンサーで電撃チョモランマ隊がでたんですよ。僕らからしたら「あ、映像でみた人だ!」ってなってライブもずっと袖で盛り上がってたんですよ。それを今の社長とかが見ていてくれていたみたいです。

当時、僕らのマネジメントを泰智のお父さんがしてくれたんですけど、社長と話してくれていたらしく、「お前らはどうすんだ?」って聞かれて。
チャンスがあるならKoRocKでいってみたいという気持ちがあったので、東京行きを決断して入らせてもらったのが始まりですね。

STAFF
じゃあ大学とかはいってなかったんですね?

J
そのときに大学も行く予定はなかったんですが。
東京で仕事するとなったときに事務所から大学に入るように言われたんです。

高校3年生の夏からなんの準備もしないのに大学いくって・・・(笑)。
でも入るなら、名前のわかる大学がいいし、ダンスをやめなくても大学には入れるってことを伝えたくて、必死に勉強して六大学に入りました。

STAFF
高校3年生の夏からそれは凄く優秀です。
little Skeetさんは?

little Skeet
僕の父親の師匠になるのですが、坂見誠二さんが九州出身でつながりがあって、僕もダンスを初めてからその大きな名前が近くにあることは知らずに過ごしてきたんですけど、中学生のタイミングで坂見誠二さんがRED WINDSORのチームのボスと古くからの旧友だと知り、高校3年生の春休みに一緒にニューヨークに10日間ぐらいいかせてもらったことがあって。
帰り際に「高校卒業したらどうするの?」って坂見誠二さんに聞かれて「就職する感じですね。」と答えると「ダンスで食っていかないか」と言われて、東京のプランチャイムを紹介されて、パパイヤ鈴木さんにも話をしてくれて決まりました。

STAFF
ソロでプランチャイム所属という形で上京したんですね。

little Skeet
はい。それで1年ぐらいたったときにWEBERの話があり活動する事になりました。

WEBER結成まで

STAFF
それぞれのダンス活動を経て上京。そこからWEBER結成までの流れを教えてください。

little Skeet
元々WEBERができる前に僕と同世代の男の子が一斉に6、7人ぐらい集まって、HayatoとTakaもメンバーにいて、ライブやってみなよっていわれて。
彼らは踊りより歌がやりたかったみたいで、じゃあバックダンサーをやるねってライブを1回開催したんですね。

その中で、続けたい組と違う組に分かれて、続けていきたかった僕とHayatoとTakaの3人で、どうしていこうかって話し合いをしてたときに、僕は歌を歌ってなかったんで、ダンス1ボーカル2っていうのもあれなので、相談したりしてダンサーを探した結果Jさんが見つかりました(笑)。

STAFF
なるほど。Jさんは誘われて入ったという感じなんですね。