かつてZeebraとのビーフを勃発させた?!問題児ラッパーRAU DEFの名曲20選
日本ラップ界の問題児と言われたRAU DEFは、かつてZeebraとビーフを勃発させるなど、様々な注目を浴びてきました。そんな彼の作り出す音楽には、どんな魅力があるのでしょうか?ここではRAU DEFの詳しいプロフィールとともに、彼の名作20曲をまとめて紹介していきます!
若手の新星として突如シーンに現れて間もなくHIPHOP界の重鎮Zeebraとのビーフに発展させたRAU DEF。彼は今までにSKY-HIやPUNPEEをはじめとする多くのアーティストと共同し様々な作品を世に輩出しています。本場のHIPHOPを愛し、真っ向勝負する勢いあるラップと迫力のあるサウンドは、今でも多くのリスナーを魅了しています。ここではそんな彼の名曲をまとめて紹介します!
RAU DEFのプロフィール
1989年生まれ。小学6年背の頃にヒップホップ音楽CDのジャケットに映るLL.Cool.Jなどのルックスに憧れヒップホップに興味を持ち、中学時代にヒップホップを聴きあさるようになりました。高校時代に彼女のお兄さんがDJをしていたこともあり、それまで漠然としていた「ラッパーになりたい」という希望が現実になり始めました。
RAU DEFの経歴
2010年9月 1stアルバム「ESCALATE」リリース
2011年 「KILLIN EM!」リリース。Zeebraに対する宣戦布告の内容で話題を呼ぶ
2011年6月 2ndアルバム「CARNAGE」リリース
2012年6月 3rdアルバム「K.T.A」リリース
2012年5月 2007年に結成のグループSIMI LABのQNと共にSUMMITを脱退
2012年6月 アルバム「K.T.A」リリース
2013年4月 QN、RICKと結成したグループMUTANTANERSの1stアルバム「MYND OF MUTANT -突然変異的反抗-」をリリース
2013年4月 QNと共に音楽レーベルMUTANTAIMENTを設立
2014年8月 GOICHIとYMGと結成したグループHypnotyzの1stアルバム「Justice」リリース
2015年 レーベル「BULLMOOSE」に加入
2015年10月 「ESCALATE II」をリリース
これまでのRAU DEF
勉強も運動も出来なかった小・中学生時代
RAU DEFは勉強も運動もあまり興味が持てずこれといった取り柄があまりありませんでした。しかしラップと出会った時にこれしかないと感じ、後に人生で熱を注げる唯一のものとなったといいます。
一時は就職も
日本語のラップ・シーンに絶望感を感じ、USAとの雰囲気の違い、年功序列など本場USAとの違いに呆れこのまま続けてもダメだと感じたRAU DEFは、一度見切りをつけて就職をしたという。でもやりきれない思いが残りその後なかなか仕事に集中できず、ラップシーンに戻ることになりました。
