【ダンサー × ミズノ社員】会社員でありながらROCK STEADY CREWとして活躍するBBOY 2ucci
ROCK STEADY CREW加入までの経緯
STAFF
続けるっていう意味では、憧れであったROCK STEADY CREWに入ったのが2016年と最近なわけで、続けた結果が実ったということですかね。
どうやってROCK STEADY CREWに入ることになったんですか?
2ucci
ずっとダンスを続けている中で、ROCK STEADY CREWが毎年NYでアニバーサリーをやって、ダンサーだけでなくDJやMCやグラフィティーライターなど様々なジャンルのメンバーがいて、ヒップホップカルチャーを広める活動をしてるのは知っていました。
それで日本にROCK STEADY CREWのメンバーが来る時は少しづつコンタクトはとったりしていました。
その後、30歳を過ぎて大きな怪我で膝を手術してから、まともにしゃがめなくなってしまったんです。
それでもずっとダンスとかヒップホップには関わっていたくて、自分が踊れなくても周りの人を踊る気持ちにさせたいと思ったときに、音楽をやるしかないなと。自分が感じてたヒップホップカルチャーの良さは、コミュニケーションカルチャーという部分なんだと再実感した瞬間でした。
それで、どこでもそれが出来るパーカッション、カホンとかボンゴを始めてやって、BBOYだからブレイクス好きで、その元ネタなんだろうとか、いろいろ音楽掘って、ファンクの方にどんどん寄ってったり。
そしたら自分の原点はジェイムズ・ブラウンだったなってことも思い出して、ファンクも黒人のカルチャーだし、そしてヒップホップカルチャーの原点にもう一度気持ちが向いていったんですね。
元々ヒップホップが生まれたNYのブロンクスの地域には黒人系のコミュニティとプエルトリコからの移民の人たちのコミュニティがあったんです。
なので、次にプエルトリコの音楽を掘ったらサルサミュージックとか、サルサを取り入れたヒップホップミュージックがありました。このサルサなどのラテンミュージックは自分が始めていたパーカッションともリンクしていたんです。
そして、ヒップホップカルチャーが生まれたところにいて、カルチャーを広める活動を続けてきたプエルトリコの人たちこそがROCK STEADY CREWというところに繋がったんです。
なんか自分の中でピーンと、「あぁ、そういうことか」みたいな感じがありました。ちょうどその時にROCK STEADY CREWリーダーのクレイジー・レッグスがNYから生まれ世界で発展したヒップホップカルチャーのパワーで、経済破綻に苦しむ故郷のプエルトリコを盛り上げるべく、「Puerto Rock Steady Music Festival」というのを開催していたんです。
それを聞いたら行く気満々になっちゃってすぐに行くことにしました。
STAFF
すごい行動力ですね。
2ucci
地球のほぼ裏側ですからね(笑)。
まさか行くとは思わなかったですが、自然に引き寄せられた感じというか、行ったら行ったですごいいいところで、みんな陽気だし、車に乗ったらラジオ局が三局しかないんだけど、全部サルサ、どれかけてもサルサ、たまにレゲトン、みんなラジオで踊ってるし。
STAFF
陽気でいいですね。
2ucci
そうなんです。
この国民性が、ポジティブでキャラクター性が強いという自分の感じていたROCK STEADY CREWのイメージの原点なのかな、とかも感じました。
そこで実際現場にいたROCK STEADY CREWのメンバーともコミュニケーション取る機会があって、そこからだんだんと打ち解けることができました。
STAFF
どのタイミングで入ることになるんですか?
2ucci
自分が「ロックマンシリーズ」という活動を日本でやっているんですね。ヒップホップカルチャーのコミュニケーションカルチャーとしての良さを広める活動なんです。
DJとバンドがメインのパーティーをやったりしていて、踊りたい人は踊り、会話やお酒を楽しむ人は楽しむ、という感じのパーティー。
そうやってヒップホップカルチャーを通して人と人とのコミュニケーションをつなげる場をつくっていました。
ダンスが上手い下手なんて関係ない。ダンス2年やってませんていう人も来て、一緒に久々に踊ろうよだとか、楽しむことがメイン。
そこにスペシャルゲストでクレイジー・レッグスがきたときに直接認めてもらいました。
STAFF
いいパーティーだねみたいことですか?
2ucci
パーティーの中でやってることで特定してこれがっていうのは無いのですが、ヒップホップカルチャーの本質的な良さを広めていきたいという自分の気持ちが伝わったのだと思います。
そこで、こういうことやってるやつなんだ、というところをちゃんと人として見てもらえたのが一つのきっかけ。
もちろんそれまでにダンスを見てもらってるし、他のメンバーとはたくさんコミュニケーションをとったメンバーもいます。
YNOT(ワイノット)というメンバーがいるのですが、自分が膝を怪我したときに、彼はトップロックとかミュージカリティというところでBBOYとして勝負していて、それまでのブレイキンのイメージを覆すような、新しい彼のスタイルが、自分にとっては大きな気付きのきっかけになりました。
そのようにROCK STEADY CREWに会ってポジティブなパワーを沢山もらってすごく感謝しています。
STAFF
それが最近の話なんですもんね。
そもそもMASAMIさんが加入したのはいつごろなんですか?